西部開拓時代に銃撃戦は本当に多かったのか?西部劇が盛りすぎた“30秒の現実”

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「西部開拓時代=毎日銃撃戦」は本当なのか?

西部開拓時代と聞くと、

夕暮れの荒野。
向かい合う二人のガンマン。
風が吹く。

そして――

「抜け!」

バン!

……という西部劇の名場面を思い浮かべる人も多いでしょう。

ところが現実は少し違いました。

ガンマンA
「表へ出ろ!」

ガンマンB
「望むところだ!」

保安官
「その前に銃預かります」

ガンマンA
「え?」

ガンマンB
「え?」

実は当時の町には武器携帯を禁止している場所もありました。

さらに記録に残る銃撃戦の多くは、
名誉をかけた決闘ではなく、

酒場での口論。
賭博の揉め事。
借金トラブル。
酔っ払い同士の喧嘩。

現代で言うなら、

「居酒屋での口論や近所同士の揉め事を、全員が拳銃を腰に下げた状態でやっていた」

ようなものです。

つまり西部の銃撃戦とは、

英雄同士の宿命の対決というより、

「人間関係のもつれに銃が付いていた結果」

だったのです。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

無法地帯で有名なドッジシティの現実

ドッジシティは、19世紀後半のアメリカ西部で牛追い町として栄えた町です。

現在では西部劇の舞台として有名で、

「朝起きる」

「誰か撃たれる」

「昼になる」

「また誰か撃たれる」

みたいな無法地帯として描かれることも少なくありません。

新人保安官
「本日の予定は?」

先輩保安官
「午前の銃撃戦と午後の銃撃戦だ」

新人保安官
「定例会議みたいに言わないでください」

ところが実際の記録を見ると、少し様子が違います。
牛追い町として最も栄えた1876~1885年ごろの約10年間で、暴力によって死亡した成人は約15人でした。

年によっては暴力死ゼロの時期もありました。

「え、意外と平和では?」

と思いそうですが、
一方で人口が少ないため、

件数は少ないのに殺人率は高い

という少し不思議な状況になっています。

つまりドッジシティは、

❌ 毎日銃声が響く無法地帯

ではなく、

⭕ 危険ではあるが映画ほどではない町

だったのです。

伝説のO.K.牧場の決闘は30秒で終わった

西部開拓時代の銃撃戦で最も有名なのが、O.K.牧場の決闘です。

名前だけ聞くと、

荒野。
決闘。
長時間のにらみ合い。
西部劇のクライマックス。

そんな光景を想像してしまいます。

ところが現実は違いました。

まず銃撃戦そのものが、

約30秒

で終わっています。

ガンマンA
「覚悟しろ!」

ガンマンB
「望むところ――」

終 了

早い。

テレビCMが1~2本流れ終わるくらいの時間です。

しかも驚きはここからです。

有名な

「O.K.牧場の決闘」

ですが、

実際に起きた場所はO.K.牧場ではありません。

現場は近くの空き地でした。

つまりこの事件、

「O.K.牧場の決闘」

という名前なのに、

実態は

「牧場の近くの空き地で30秒だけ起きた銃撃戦」

なのです。

もし現代のニュースなら、

「空き地で30秒の口論が銃撃に発展」

くらいの見出しになりそうです。

それが150年後には、

「西部史上最も有名な決闘」

として語られているのですから不思議なものです。

歴史は事実が作るのではなく、
覚えやすいタイトルが作るのかもしれません。

銃社会なのに町では銃禁止だった

西部開拓時代というと、
誰もが拳銃を腰に下げ、
酒場ではいつでも銃撃戦が始まりそうな世界を想像してしまいます。

実際、銃は広く普及していました。
ところが意外なことに、多くの町では武器携帯を制限する条例が作られていました。

たとえばアリゾナ準州の町トゥームストーンでは、

拳銃。
ライフル。
ボウイナイフ。

などの携帯が禁止されています。

理由は単純です。
全員が武装したまま酒を飲み始めると危険だからです。

保安官
「銃を預かります」

旅人
「安心してください。今日は撃つ予定ありません」

保安官
「昨日撃った人もそう言ってました」

旅人
「ナイフだけならいいかな?」

保安官
「それも預かります」

旅人
「じゃあ何を持って入れば?」

保安官
「常識です」

旅人
「それは持ってませんでした」

実際、有名なO.K.牧場の決闘も武器携帯禁止条例の取り締まりが発端でした。

つまり現実の保安官の仕事は、

「俺がこの町を守る!」

ではなく、

「その銃、入口で預けてください」

だったのです。

やっていた仕事は意外にも手荷物検査。

思ったより西部の治安は、
ガンマンより受付係の努力で守られていたのかもしれません。

最後に

西部を危険にしたのは銃ではなく人間だった⁉

ここまで見てくると、西部開拓時代の銃撃戦にはある共通点があります。

原因になっていたのは銃そのものではありません。

人間です。

酒場での口論。
賭博の揉め事。
恋愛トラブル。
借金問題。
商売上の争い。

つまり、

保安官
「今回の発砲事件の原因は?」

町民
「元はカードゲームです」

保安官
「またか……」

という話が珍しくなかったのです。

実際のところ、多くの発砲事件は壮大な悪党との対決ではありませんでした。

西部劇では、

荒野。
決闘。
無法者。
ガンマン。

といった派手な場面が描かれます。

しかし現実にトラブルの火種になっていたのは、

「酒場での口論や個人的な感情のもつれ」

であることが少なくなかったのです。

銃は引き金を引かなければ何も起きません。

しかし人間は違います。

酒場の客A
「イカサマしただろ」

酒場の客B
「してない」

酒場の客A
「じゃあなんで毎回お前が勝つんだ」

酒場の客B
「お前が弱いからだ」

保安官
「はい解散。そこから先は面倒なことになる」

結局、西部開拓時代とは、
ガンマンが毎日決闘していた時代ではなく、

「人類がいつもの揉め事を、たまたま全員武装した状態でやっていた時代」

だったのかもしれません。

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