庭を掘ったら日本刀が出てきた──戦後、日本人が“大切なもの”を土に隠した理由
はじめに

「……これ、刀じゃない?」
ガツン。
古い家の庭を掘っていた作業員のスコップが、
何か硬いものに当たりました。
「石か?」
土をどけてみると、
細長い鉄の塊が出てきます。
泥を落としてみる。
かなり錆びていますが、
形はどう見ても――
日本刀。
「なんでこんなところに?」
実は戦後、
日本刀や軍用品を、
人目につかない場所へ隠した人たちがいました。
中には、
庭や地面を掘って埋めた例も残っています。
きっかけになったのは、
戦争が終わった直後に始まった
武器の回収でした。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
「家に刀がある人は、出してください」

1945年。
戦争が終わると、
日本では武装解除が始まりました。
兵士の銃だけを集めれば終わり、
ではありません。
民間にある武器も対象です。
当然、
日本刀も含まれました。
集められた数は、
かなり異常です。
日本刀 約90万振。
軍刀 約24万振。
槍 約14万本。
銃剣 約58万丁。
「日本にそんなに刀があったの?」
と言いたくなるほどの数です。
実は、
日本刀は戦場だけにあったものではありません。
家に代々伝わっていた刀。
神社に奉納されていた刀。
床の間に飾られていた刀。
持ち主からすれば、
武器というより、
「家に昔からあるもの」
だった場合もあります。
ところが戦争が終わった瞬間、
家宝だった刀が、
今度は、
「武器」
として見られるようになったのです。
ところが、全部取り上げる話ではなかった

ここで妙なことが起きます。
GHQは、
日本刀なら何でも没収して破壊する、
と決めていたわけではありません。
1945年9月の指令では、
美術品として価値のある刀については、
普通の武器と区別して扱うことが認められていました。
つまり、
ちゃんと条件を満たせば、
残せる刀もあったのです。
「じゃあ、届ければよかったんじゃない?」
そう思います。
実際、
制度だけを見るならその通りです。
ところが、
戦後の現場は、
説明書どおりには動きませんでした。
「大丈夫」と言われても、刀は消えた

美術刀は残せる。
そういうルールはありました。
しかし、
価値のある刀まで接収され、
戻ってこなかった例もあります。
1954年の国会では、
国宝級の刀剣がおよそ45本、所在不明
という話まで出ています。
ここで、
刀を持っていた人の立場になってみます。
目の前には、
先祖から残った一本の刀。
役所からは、
「手続きをすれば大丈夫です」
と言われる。
でも、
別の場所では貴重な刀が消えている。
さて、この話を聞いてあなたは
預けますか?
それとも、
隠しますか?
戦後の混乱の中で、
後者を選んだ人もいました。
隠し場所は、
金庫ではありません。
もっと単純に
土の中でした。
深さ1.5メートル

実際の戦後体験には、
日本刀や手榴弾などを穴へ入れ、
地中に埋めたという証言が残っています。
深さは、
約1.5メートル。
成人男性の胸あたりまであります。
「ちょっと埋めとくか」
で掘る深さではありません。
かなり掘っています。
穴を作る。
中へ入れる。
土を戻す。
上から見ても分からないようにする。
おそらく本人にとっては、
永久に捨てるつもりではなかったのでしょう。
「落ち着いたら掘り返そう」
そんなつもりだったのかもしれません。
ただ、
戦後は忙しい。
家は建て直す。
人は引っ越す。
持ち主も年を取る。
埋めた場所を知っている人が、
誰にも話さないまま亡くなることもあります。
こうして、
一時的な隠し場所が、
何十年後の発掘現場になります。
とうとう「瓦」まで埋めた

ここまでなら、
まだ分かります。
刀は武器です。
銃も武器です。
では、
これはどうでしょう。
屋根瓦。
京都府宇治市にある現在の陸上自衛隊宇治駐屯地では、
旧陸軍時代の瓦が地中から見つかっています。
瓦には、
陸軍を示す星のマーク。
ただの屋根材です。
撃てません。
斬れません。
爆発もしません。
それでも公式資料では、
GHQによる接収を避けるため、
地中へ埋められていたとされています。
「いや、瓦まで持っていくの?」
当時の人も、
そう思っていたかもしれません。
でも、
何が接収されるのか分からない。
なら、
とりあえず隠しておく。
刀。
銃。
軍用品。
そして、
瓦。
ここまで来ると、
「何を埋めたか」より、
「どれだけ先が見えない時代だったのか」
の方が気になってきます。
一方、埋めなかった刀はアメリカまで行った

土の中へ逃げた刀があれば、
海を渡った刀もあります。
宮城県の神社に伝わっていた一振の太刀。
戦後の接収で神社を離れました。
その後、
アメリカ人の従軍牧師の手に渡ります。
牧師は鞘に書かれた文字などから、
どうやら普通の刀ではないと気づきました。
そこで処分せず、
自宅で保管。
刀はそのまま、
アメリカへ渡ります。
日本側から見れば、
完全に行方不明です。
そして数十年後。
牧師の家を訪れた日本人留学生が、
その刀を偶然見つけます。
留学生は、
刀に書かれていた情報などを手がかりに、
日本へ連絡しました。
そこで、
かつて刀があった神社の関係者にも話が伝わります。
返還に向けた働きかけが始まり、
1988年。
刀は、
約40年ぶりに日本へ戻ってきました。
50年後になって、ようやく動いた

戦争が終わり、
日本刀の接収も、
やがて過去の出来事になっていきます。
……と思いきや、
話はそこで終わりません。
1995年。
終戦から50年たったこの年、
日本では
「接収刀剣類の処理に関する法律」
が作られました。
なぜ、
今になって刀のための法律が必要だったのか?
実は、
接収された刀の中には、
美術的な価値があるとして処分されず、
そのまま保管されていたものがありました。
ですが、
それを誰に返すのか?
持ち主が亡くなっていたら?
相続人が分からなかったら?
簡単には決められません。
そこで、
元の持ち主や相続人が名乗り出た場合に、
返還を申し出られる仕組みが作られました。
戦争はとっくに終わっている。
それでも、
行き先の決まらない刀だけが残っていたのです。
最後に

今から見ると、
日本刀を地面に埋めるなんて、
かなり極端な行動に見えます。
「そこまでしなくてもよかったんじゃない?」
そう思うかもしれません。
でも当時の人たちは、
この先どうなるのか分かりませんでした。
刀を届ければ戻ってくるのか?
家に置いていて大丈夫なのか?
昨日までの常識が、
明日も通用するのか?
誰にも分からない。
だから、
とにかく今だけは守ろうと、
刀を土の中へ隠した人もいました。
そして何十年もたって、
その刀が地上に出てくる。
錆びた刀を見ると、
戦後の人たちがどれだけ先の見えない中で暮らしていたのかが、
少しだけ想像できます。
地面に埋められていたのは、刀だけではなく、その時代の不安だったのかもしれません。

