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【昨日までのお金が使えない】戦後の沖縄で本当に起きた“通貨交換”

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「そのお金、今日から使えません」

財布を開いた男が、店先で紙幣を出します。

「これでお願いします」

ところが店員は首を振る。

「それ、もう使えませんよ」

「……昨日まで使えたけど?」

戦後の沖縄では、こんなことが本当に起きました。

しかも一度ではありません。

戦争が終わったあと、沖縄で使われるお金は何度も変わっています。

日本円。

B円。

米ドル。

そして復帰後の日本円。

僕たちは普通、

「お金は明日もお金である」

と思って生活しています。

ところが当時の沖縄では、その当たり前すら保証されていませんでした。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

戦争が終わると、お金より芋のほうが価値があった

1945年。

沖縄戦によって街も店も銀行も大きな被害を受けました。

戦争が終わったからといって、

すぐ元の生活に戻ったわけではありません。

物資は不足。

店も十分に機能しない。

そんな状況では、紙幣を持っていても買う物そのものがありません。

そこで行われたのが、

物々交換です。

服と米。

塩と芋。

必要な物を、別の物と交換する。

つまり財布にお金が入っていても、

腹が減っている人にとっては、紙幣より芋のほうが価値がある。

一時期の沖縄は、文字どおりそんな状態でした。

そこへ現れた「B円」

やがて貨幣経済が戻ってきます。

そこで登場したものの一つが、

B円(ビーエン)です。

正式には米軍が発行した軍用通貨。

紙幣には日本の紙幣のような偉人の肖像はなく、

英語で

「MILITARY CURRENCY」

と書かれていました。

ただし最初からB円だけが使われていたわけではありません。

戦後しばらくの沖縄では、

日本円とB円など複数の通貨が使われ、

その後また制度が変更されます。

そして1948年。

かなり変わったことが起きました。

「持っているお金を全部出してください」

米軍政府から布告が出されます。

内容を簡単にすると、

「持っている日本円とB円を、決められた期間内に提出してください」

というもの。

しかも交換期間はわずか数日。

住民は手持ちのお金を提出し、

代わりに預託証書という紙を受け取ります。

ここで気になることがあります。

「で、このあと何のお金になるの?」

ところが、その時点では新しい通貨が何になるのか明らかにされていませんでした。

まずお金を集める。

新しい通貨の発表はそのあと。

財布の中身を全部渡して、

手元に残るのは証書だけ。

かなり不安になる仕組みです。

交換しないと、もっと大変だった

「怪しいから、タンスに隠しておこう」

そう考える人もいたかもしれません。

ところが、それも簡単ではありません。

交換期間終了後も対象のお金を持っていると、

不法所持になる

と定められていました。

罰金や懲役の可能性もあり、

未交換のお金は没収されます。

しかもさらに驚く制度がありました。

隠し持っている人を通報し、有罪につながった場合、情報提供者に報奨金が出る。

金額は隠されていた額の5%。

つまり、

「隣の家、昔のお金を隠してますよ」

そんな情報にも、値段がついたわけです。

ただ交換を命じるだけではありません。

周囲の誰かに見られ、通報されるかもしれない。

そんな不安まで生みかねない制度でした。

そして発表された「新しいお金」

お金を回収したあと、

新しい法定通貨が発表されました。

その正体は――

B円。

1948年7月から、

B円は沖縄の唯一の法定通貨になります。

つまり住民から一度お金を回収し、

そのあとで

「これからはB円だけを使います」

と決めたわけです。

さらに、

この頃には米ドルの所持まで制限されていました。

米軍統治下なのに、

ドルを自由に持てない時期があったのです。

ところが10年後。

話は完全に逆になります。

「今日からドルにします」

1958年。

今度はB円が廃止されることになりました。

交換レートは、

1ドル=120B円。

そして最終的には、

沖縄で使える法定通貨は米ドルだけになります。

10年前。

「ドルを勝手に持たないでください」

10年後。

「今日からドルだけです」

通貨とは、ずいぶん忙しいものです。

その後1972年。

沖縄が日本へ復帰すると、

通貨は再び日本円へ戻りました。

最後に

財布の中に入っているのは、ただの紙なのか?

いま財布から千円札を取り出せば、

僕たちは何の疑いもなく千円として使います。

でも考えてみると、

あれはただの紙です。

それでも物が買えるのは、

「この紙には千円の価値がある」

と誰もが信じているからです。

そして普段は、

その価値が突然なくなるなんて考えもしません。

お金を疑わずに使える。

そんな当たり前があるというのは、

実は平和な暮らしをしているという証拠なのかもしれません。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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