【映画と違う?】カウボーイハットは最初から反っていなかった――西部開拓時代のリアルな服装
はじめに

西部開拓時代、と聞くと、だいたい人は同じ映像を思い浮かべます。
夕焼け。
荒野。
馬。
カウボーイ。
やたら反り返った帽子。
つまり「渋い大人の休日」です。
映画の中の西部は、とにかく格好いい。
砂ぼこりまで演出に見えます。
しかし実際の西部は、そんな余裕のある世界ではありませんでした。
まず、砂ぼこりが本当に飛ぶ。
しかも大量に。
日差しは痛いし、寒暖差は激しい。
馬で何時間も揺られれば、服は汗と泥で板みたいになる。
現代人なら「洗濯したい」と三時間で言い出します。
だから彼らの服は、おしゃれ以前に“耐久設備”でした。
帽子は日除け。
バンダナは簡易マスク。
革のチャップスは脚を守る外装甲。
つまり西部の服とは、ファッションというより、「荒野に対する苦肉の策」だったのです。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
「ザ・カウボーイ服」は、実は後から作られた

西部開拓時代、と聞くと、みんな同じ格好をしている気がします。
反った帽子。
革の装備。
バンダナ。
つまり「西部劇ユニフォーム」です。
でも実際の西部は、そんなに統一感のある世界ではありませんでした。
かなり雑多です。
軍の払い下げを着ている人もいれば、東部から届いた既製服を着る人もいる。
メキシコ系牧童の文化も混ざるし、地元仕立ての作業着もある。
要するに、「あるものを着る」
それだけです。
今みたいに「20××年春夏ウェスタンコーデ」みたいな概念はありません。
必要だから着る。
丈夫だから使う。
安いから買う。
判断基準が全部、生活です。
だから西部の服装は、ファッションというより「生存の寄せ鍋」に近い。
現代で言えば、登山ウェアと作業服とミリタリー用品を全部混ぜた状態でしょうか。
それを後の映画が、「これが西部です」と綺麗にパッケージ化したわけです。
現実はとても埃っぽいのです。
カウボーイハットは“普段使い”で完成した

西部といえば、やはりカウボーイハットです。
あの大きく反った帽子を見ると、「最初からあの形で売っていたんだろう」と思ってしまいます。
でも実は、違います。
1860年代にステットソン社が売っていた初期の帽子 “Boss of the Plains” は、もっと平たい。
驚くほど普通です。
今みたいな「いかにも西部です」という迫力がない。
言ってしまえば、“まだ覚醒前のカウボーイハット”です。
では、なぜ現在の形になったのか。
理由は簡単です。
みんなが乱暴に使ったから。
帽子は日除けになる。
雨も避ける。
馬上でつかむ。
時には水桶代わりにもする。
つまり、西部の帽子はファッションアイテムというより、「頭に乗せる生活用品」でした。
その結果、何度も握られ、雨風にさらされ、つばが反り、クラウンがへこんでいく。
つまり、あの独特な形は“デザイン”ではなく「使い倒された痕跡」だったのです。
現代なら、ボロボロになったら買い替えます。
でも西部では、ボロボロになった結果が様式美になった。
文化というのは、案外そういうところから生まれるのかもしれません。
バンダナは「おしゃれ布」ではなくマスク

映画のカウボーイは、だいたい首に赤いバンダナを巻いています。
あれを見ると、どこか「荒野の伊達男」という感じがします。
しかし実際の西部では、そんな余裕をかましている場合ではありません。
なにしろ、砂ぼこりが本気です。
牛の群れが動けば、土煙が舞い上がる。
乾いた風が吹けば、砂が顔面に飛んでくる。
現代人なら、五分で「目が痛い」と言い始める環境です。
だから彼らは、バンダナを鼻まで引き上げた。
つまり簡易マスクです。
しかも便利なのはそれだけではありません。
汗を拭ける。
日焼けを防げる。
傷口も縛れる。
濡らせば多少は涼しい。
もはや布というより、「布製の十徳ナイフ」です。(色々使い道があって便利)
しかも当時は、水そのものが貴重でした。
毎日シャツを洗うなんて、現代の感覚でいう“ホテル暮らし”みたいな贅沢です。
だから先にバンダナで汚れを受け止めたほうが合理的だったのです。
西部の服は、見た目よりずっと機能に忠実です。
格好よく見えるのは、その結果なのかもしれません。
革のチャップスは、“歩く盾”でした

西部劇に出てくるカウボーイは、だいたい脚に革を巻いています。
あれがチャップスです。
現代人の感覚だと、まず最初に思うのは「暑くないのか、それ」です。
しかし西部では、暑いかどうかより先に、「脚が無事か」が重要でした。
なにしろ荒野は、やたら脚を攻撃してきます。
サボテン。
棘だらけの藪。
泥。
牛。
自然が全部、下半身を狙ってくる。
馬で長時間移動すれば、普通のズボンなど簡単に擦り切れます。
だから革を重ねた。
つまりチャップスは、ファッションではなく“脚専用の追加装甲”だったのです。
しかも面白いのは、地域ごとに形まで変わることです。
たとえば寒い北部では、毛の長い「ウーリー・チャップス」が使われました。
毛皮みたいにもこもこしていて、見た目はちょっとした「歩く毛布」です。
防寒性能を優先した結果、ああなった。
一方、テキサスなど暑い地域では、もっと薄く軽いタイプが好まれます。
藪の多い土地では、脚の前面を広く覆う“バットウィング型”が使われました。
名前の通り、歩くと革がコウモリの羽みたいに広がる。
通気性を確保しながら、棘や枝から脚を守るためです。
つまりチャップスは、「西部っぽい革装備」ではなく、その土地ごとの気候と地形への回答でした。
映画では全部まとめて“カウボーイの衣装”になりますが、本物の西部では、革の形ひとつに「どこで暮らしていたか」が刻まれていたのです。
女性たちは、「優雅さ」を手放さなかった

男性の服が“生存装備”なら、女性服は別方向に過酷でした。
なにしろ西部です。
舗装されていない道。
砂ぼこり。
慢性的な水不足。
洗濯だけでも重労働。
そんな環境で、コルセットと長いスカートです。
現代人なら、たぶん開始三時間で「もうジャージでいい」と言い出します。
しかし当時の女性たちは、きちんとした服装を手放さなかった。
なぜでしょう。
それは単なるおしゃれではありませんでした。
西部の町は、まだ“建設途中の世界”みたいな場所だったのです。
建物は粗末で、人の出入りも激しい。
酒場と泥道ばかりで、「ここで本当に暮らしていけるのか」という空気が常に漂っていた。
だからこそ、人は服で秩序を作ろうとした。
ちゃんとしたドレスを着る。
髪を整える。
汚れた町の中でも品位を崩さない。
それは見栄というより、「私は文明側の人間です」という意思表示だったのかもしれません。
つまり西部の女性服とは、優雅さのための服というより、“荒野に飲み込まれないための小さな抵抗”だったのかもしれません。
実は西部には「通販文化」があった

西部開拓時代というと、多くの人は「文明から切り離された荒野」を想像します。
全部自給自足。
服も手作り。
必要なものは現地調達。
ところが実際には、西部にはちゃんと“通販文化”がありました。
1897年の Sears, Roebuck のカタログを見ると、服も靴も山ほど載っています。
つまり西部の人々は、通販で既製服を買っていたのです。
急に距離が縮まりませんか?
荒野で焚き火をしているカウボーイも、その数日前にはカタログを眺めながら、
「このブーツ、ソール厚いな」
などと考えていた可能性があります。
現代人がレビュー欄を見る感覚と、たぶんそんなに変わりません。
もちろん配送は翌日到着ではありません。
西部で「本日発送」は、かなり命がけです。(そもそも郵送が命懸け)
それでも鉄道と郵便網が広がるにつれ、西部は少しずつ都市とつながっていきました。
つまり西部開拓時代とは、“伝説の時代”というより、「物流が人間を変えていく途中の時代」でもあったのです。
カウボーイの帽子の横には、意外と普通に通販カタログが置かれていたのかもしれません。
最後に

西部の服には、「生き延びた跡」が残っている
結局のところ、西部開拓時代の服装は、「かっこいいから流行った文化」ではありませんでした。
まず、生き延びること。
砂ぼこりを避ける。
日差しを防ぐ。
寒暖差に耐える。
革で脚を守る。
つまり西部の服とは、全部“環境への言い訳”みたいなものです。
現代のファッションは、「どう見られるか」を考えます。
しかし西部の服は違います。
「今日も無事に帰れるか」が先に来ます。
だいたい、サボテンに囲まれている状況で「シルエットが美しいですね」などと言っている場合ではありません。
だから本物の西部の服は、映画よりずっと人間くさいのです。
帽子には指の癖が残る。
革は擦り切れる。
布は日に焼けて色が抜ける。
そこには、「ここで誰かが暮らしていた」という生活の跡がある。
面白いのは、後の映画が、その“生存の痕跡”だけを抜き出して「様式美」に変えてしまったことです。
つまり僕たちは長いあいだ、“必死に生きた結果できた服”を、「渋くてかっこいい文化」だと思って眺めていたわけです。


