西部開拓時代の家は丸太小屋じゃなかった?土と穴で暮らしたリアルな住まい事情

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「西部開拓時代の家」と聞いて、丸太小屋を思い浮かべた方へ。
(木の壁、暖炉、あの落ち着いた雰囲気です)

そのイメージ、間違いではありません。
実際に、そういう家もありました。

ただ、それが当時の“普通”だったかというと、少し違います。

というのも西部では、

「家=快適に暮らす場所」という考え方自体が、あまり前提にありませんでした。

むしろ重要だったのは、

「ここに住んでいる」と認められること

です。

屋根がしっかりしているか、壁がきれいかは後回し。
多少不格好でも問題にはなりません。

なぜなら、

ちゃんと住んでいると認められないと、土地そのものが手に入らないからです。

つまり家は、

暮らすためというより、「ここに居続けています」と示すためのもの

でした。

丸太小屋は、その中のひとつの形に過ぎません。

実際にはもっと単純で、もっと現実的です。

👉 土で作る
👉 地面を掘る
👉 とにかく“住んでいる状態”を成立させる

西部の家は、「どう暮らしたいか」ではなく、
「どうすればここに居続けられるか」から組み立てられていたのです。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

「住んでから手に入れる」という逆転のルール

1862年のホームステッド法では、条件を満たした人が、
政府が所有している土地の中から最大160エーカー(約65ヘクタール、東京ドーム約14個分)を選び、
「ここを自分の開拓地として使わせてください」と申請できました。

当時の土地を手に入れるまでの流れはこうです。

▼ 土地を得るまでの流れ
・政府の土地から区画を選んで申請する
・その土地で生活を始める
・家を建てる
・土地を耕し、改良する
・それを原則5年間続ける
・条件を満たすと、正式な所有権を得る

さらに最後には、

事情を知る2人の証人(近隣住民や周辺の入植者など)

「本当に住み、土地を改良していた」と認めてもらう必要がありました。

ここで重要なのは、この一点です。

👉 最初に与えられるのは「土地」ではなく、「その土地を自分のものにできる権利」

つまり、

👉 先に住む → 続ける → 証明する → ようやく自分の土地になる

途中でやめれば、その時点で権利は失われます。
家を建てていても関係ありません。

だからこそ家は、

👉 「私はこの土地で本当に暮らしています」と示すための証拠

立派かどうかではなく、
そこに居続けている事実そのものが価値でした。

西部の家は、「どう暮らしたいか」ではなく、
「どうすればこの土地を手放さずに済むか」から作られていたのです。

丸太小屋は「理想形」だが、現実ではない

丸太小屋は確かに存在しました。
しかし、それは条件が揃った場合の話です。

✔ 丸太小屋の特徴
・木材が豊富な地域でのみ可能
・比較的丈夫で長持ち
・生活の基盤として安定

ここまでは理想的です。

問題はひとつだけです。

👉 その「木材が豊富な地域」がほとんどない

西部の多くは木の少ない大平原です。(見渡しても草ばかり、という環境です)

つまり

👉 丸太小屋を建てたくても、そもそも材料がない

この時点で、選択肢から外れます。

丸太小屋は、

👉 「ちゃんとした家」ではなく、「条件が揃ったときだけ成立する家」

でした。

現代で言えば、「住みたい家」ではなく、
「その場所に住める人だけが結果的に持てる家」に近い存在です

多くの開拓者にとって現実だったのは、

👉 丸太ではなく土
👉 壁を作るのではなく、地面を掘って住む

という、もう少し直接的な住まいでした。

丸太小屋は確かに存在した。
ただしそれは、「西部の標準」ではなく「条件が良かった例」だったのです。

土で作る家——現実的な選択

木がなければ、どうするのか?
(周りを見渡しても草ばかり、そんな場所です)

答えは単純です。

👉 その土地にあるもので作る

それがソッドハウス(芝土の家)です。

✔ 作り方
・草の根が絡んだ土を切り出す(スコップでざくっと)
・それを積み上げる(まるでレンガのように)

見た目は素朴ですが、意外と理にかなっています。

✔ 特徴
・土の層が断熱材になる
・夏は涼しく、冬は暖かい(ここは少し安心します)

ただし代償もあります。

・湿気がこもる
・虫が入りやすい
・雨で崩れることがある

そして、

👉 壁から草が生えてくることもある(思わず二度見します)

ここまでくると、家と自然の境界はかなり曖昧です。
それでもこの家が選ばれた理由はひとつです。

👉 そこにしか材料がなかったからです(選択というより、必然でした)

最短で生活を始める「地面の家」

さらに現実的な方法もあります。(ここで一段と割り切ります)

👉 地面を掘って住む(ダグアウト)

✔ 特徴
・建材がほぼ不要(道具さえあれば始められる)
・短期間で作れる(急げば数日)
・風を防げる

つまり、

👉 「今すぐ生活を始める」ための住まい

です。(完成を待たない、という発想です)

ただし当然、

・暗い(光はほとんど入らない)
・湿気が多い(じめっとします)

といった制約はあります。

それでも選ばれた理由ははっきりしています。

👉 「ここで暮らしている」と示せること

それさえ満たせればいい。(まずはそこから、という判断です)

家は「完成形」ではなく“条件”だった

ここまで見てきたソッドハウスダグアウトには、共通点があります。

それは、最初から「一生住む理想の家」として作られたわけではないことです。

多くの場合、数年後にはもっと丈夫な家へ建て替えられました。

つまり最初の家は、

👉 生活を始めるための仮の住まい

でした。

但し、この仮の住まい、ただの仮住まいではありません。

👉 土地を手に入れるために必要な“証拠品”でもありました。

現代なら、仮住まいは仮住まいです。
賃貸に住んでいるからといって、「5年住んだのでこの部屋ください」とはなりません。(大家さんが静かに首を振ります)

ところが西部では、その土地に住み続けること自体が重要だったのです。

家が立派かどうかより、
本当にそこで暮らしているか。

壁が土でも、暗くても、湿っていても、
「ここで暮らしています」と言えるのか。

👉 住む場所でありながら、土地を得るための証明書でもある。

少し不思議な存在でした。

完成度より継続。
見た目より事実。

あの小さな家は、快適なマイホームというより、
「私はここで暮らしています」と無言で主張する、かなり実用的な建物だったのです。

最後に

西部開拓の家は、完成された住まいではありませんでした。(いわゆる“理想のマイホーム”とは別物です)

それはむしろ、

👉「ここで生きるしかない」と腹をくくった人の出発点

でした。

環境は整っていない。
資材もない。
でも住む。
(選択というより、進むしかない感じです)

あの小さな家は、快適さを追いかけた結果ではありません。

👉 いい家かどうかなんて、誰も気にしていませんでした。

雨が降れば濡れるし、風が吹けば揺れる。
それでも崩れなければ、合格。

立派ではない。
でも、そこで暮らしている。

むしろ、

👉 立っているかどうか、そこに人がいるかどうか、それだけが問題だった

のです。

それだけで、その家には十分な意味があったのです。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、小噺を発信しています。
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