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500年前から続く“泣く女”の伝説──ラ・ヨローナ伝説から見る怪談の生まれ方

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

夜の川沿いを歩いていると、向こうから女の泣き声がした。

「……誰かいるのか?」

立ち止まっても、人の姿は見えない。

聞こえてくるのは、水の音と、途切れ途切れの声だけ。

「ああ、私の子どもたち……」

ラテンアメリカには、こんな幽霊の話があります。

名前はラ・ヨローナ

スペイン語で「泣く女」という意味です。

よく語られる物語では、ラ・ヨローナは自分の子どもを川で死なせてしまった母親。

我に返ったときには、もう遅い。

深く後悔した彼女は死後も水辺をさまよい、

「私の子どもたちはどこ?」

と泣き続けるようになった、とされています。

ところが、この話を昔までさかのぼってみると、少し様子が変わってきます。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

500年近く前にも「泣く女」がいた

16世紀のメキシコについてまとめられた『フィレンツェ写本』という古い記録があります。

そこには、スペイン人がやって来る前に起きたとされた不吉な出来事がいくつか残されています。

その一つが、夜に聞こえた女の声でした。

女は暗闇の中で、子どもたちを案じるように泣いていたといいます。

「わが子らよ……」

ここまで聞くと、ラ・ヨローナそのものに思えます。

けれど、この古い話には、現在よく知られている物語に出てくる出来事がありません。

子どもを川で死なせたとは書かれていない。
夫や恋人に捨てられたという話もない。

ただ、

夜に、子どもを思って女が泣いていた。

残っているのは、それだけです。

つまり、今のラ・ヨローナとそっくりなのは、詳しい身の上話ではありません。

「夜に子どもを呼んで泣く女」

その不気味な姿だけが、ずっと昔の記録にも現れているのです。

では、いつ「川辺の幽霊」になったのか?

ここから先は、話が一つではありません。

ラ・ヨローナは長いあいだ人から人へ語られてきたため、土地によって内容が変わっています。

ある話では、夫に捨てられた女性。
ある話では、怒りから子どもを川に沈めてしまった母。
別の話では、子どもを失った悲しみから亡くなり、その後も探し続ける女として現れます。

「どれが本当の話なんだ?」

そう聞きたくなります。

でも、昔話には映画のような決まった脚本がありません。

誰かが聞いた話を、また別の誰かに話す。

そのとき少し内容が変わる。

次の土地では、さらに別の話が加わる。

そんなことを何百年も繰り返してきました。

だからラ・ヨローナには、

「これが唯一の正解」

と呼べる物語がないのです。

それでも、多くの話に残ったものがあります。

夜。

水辺。

そして、女の泣き声。

細かい物語は変わっても、そこだけは消えませんでした。

ペルーの森にも「誰かを呼ぶ声」がある

ここで少し南へ下り、ペルーのアマゾンへ行ってみます。

そこにはラ・ヨローナとは別に、アヤイママと呼ばれる鳥の伝承があります。

有名な話の一つでは、村に病が広がり、母親が子どもたちを森へ逃がします。

子どもたちは助かったものの、母親のもとへ帰れなくなってしまう。

森の中で何度も母を呼びます。

「ママ……」

やがて子どもたちは鳥になり、

「アイ、アイ、ママ……」

と鳴くようになったと語られました。

もちろん、ラ・ヨローナとアヤイママは別の伝説です。

ただ、並べてみると面白い違いがあります。

ラ・ヨローナでは、

母が子どもを探して泣く。

アヤイママでは、

子どもが母を探して泣く。

片方では母親が子どもを探し、もう片方では子どもが母親を探す。

誰が誰を呼んでいるのかは逆ですが、
どちらも大切な家族に会えなくなった悲しさから生まれた物語です。

夜の声から怪談が生まれるまで

昔、夜の川や森を歩いていた人が、不思議な声を聞いたとします。

鳥だったのかもしれない。
遠くにいた人の声かもしれない。
風が妙な音を立てただけかもしれません。

けれど、その場では正体が分からない。

家へ帰ってから誰かに話します。

「昨日、川の向こうで女が泣いていたんだ」

聞いた人が尋ねる。

「何を言っていた?」

「子どもを探していたように聞こえた」

そこから話が少しずつ大きくなる。

誰だったのか?
なぜ泣いていたのか?
どうして夜の川にいたのか?

答えのない部分に物語が入り込み、やがて一人の幽霊に名前までつく。

そう考えると、ラ・ヨローナが何百年も残ってきた理由も少し分かる気がします。

幽霊そのものより、

「暗闇から誰かを呼ぶ声がする」

という状況が、あまりにも想像しやすいのです。

最後に

夜の川で、誰もいないのに女の泣き声がした。

昔なら、正体を確かめる方法はほとんどありません。

「人だったのか?」

「鳥の声じゃないか?」

「でも、子どもを呼んでいたぞ」

答えが分からないまま、その話だけが村へ持ち帰られる。

聞いた人は、また別の誰かに話す。

そのたびに、

「白い服を着ていた」

「川の中に消えた」

「死んだ子どもを探しているらしい」

と、新しい話が加わっていったのかもしれません。

そう考えると、ラ・ヨローナで一番怖いのは、幽霊そのものではありません。

誰も正体を知らないのに、話だけは何百年も続いてしまったことです。

今夜もし川辺で女の泣き声が聞こえたら、たぶん幽霊ではないでしょう。

ただ翌日、

「昨日さ、川で変な声を聞いたんだけど……」

と誰かに話してしまったら、

ラ・ヨローナの物語は、そこでまた少しだけ長くなります。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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