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近道を選んだだけだった――ドナー隊を雪山へ追い込んだ半年間

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

旅は、まだ楽しかった

1846年。

荷馬車の一団が、

西へ向かっていました。

目的地は、

カリフォルニア。

家族連れが多く、

子どももいます。

旅の途中では、

植物を集める余裕もありました。

夕方になれば、

火を起こして食事。

翌朝になれば、

また荷馬車を出す。

今のところ、

少し長い引っ越しです。

ところが、

半年後。

鍋の中に入っていたのは、

肉でも野菜でもありません。

牛の皮でした。

そこまで状況が変わったきっかけは、

旅の途中で選んだ、

一本の近道でした。

※本記事は筆者個人の感想をもとに制作されているため、正確ではない情報の可能性があります。また、本文中の人物名については、文章を読みやすくするため敬称を省略しています。

「こっちの方が早い」

1846年7月。

一行の前に、

二つの道が現れます。

いつもの道。

そして、

新しく紹介された近道。

名前は、

ヘイスティングズ・カットオフ。

こちらを通れば、

カリフォルニアまで早く着ける。

そう聞かされていました。

長い旅の途中です。

早く着けるなら、

その方がいい。

荷馬車は、

近道へ入ります。

しばらくは、

何も起きません。

「やっぱり、こっちで正解だったな」

そう思えたのも、

それほど長くはありませんでした。

先頭の荷馬車が、

突然止まります。

前にあるのは、

森。

木。

藪。

岩。

誰かが、

その先を見ます。

「……道は?」

ありません。

一行が選んだのは、

近道でした。

ただし、まだ道にはなっていませんでした。

近道なのに、工事が始まる

ここで、

一行には二つの選択肢がありました。

引き返すか。

それとも、

このまま前へ進むか。

引き返せば、

ここまで来た日数が丸ごと無駄になります。

しかも、

冬は少しずつ近づいています。

一方、

前には山があります。

通れる道はありません。

それでも、

「この先を抜ければ、また進める」

とは聞いていました。

だったら、

戻るより、

前へ進んだ方が早い。

そう考えても、

不思議ではありませんでした。

そこで、

斧を持ちます。

木を倒す。

枝を払う。

荷馬車が通れる幅を作る。

数十メートル進む。

また止まる。

また切る。

翌日も、

同じことをします。

近道を使って、

早く着くはずでした。

ところが実際にやっているのは、

自分たちで近道を作る作業です。

しかも、

それは一日では終わりません。

数日。

さらに数日。

前には進んでいます。

ただ、

とにかく遅い。

気づけば、

近道で節約するはずだった時間を、

山の中で使い始めていました。

そして、

ようやく抜けた頃。

その時間が本当に得だったのか、

少し嫌な形で分かることになります。

後ろから、

別の荷馬車がやってきたのです。

後から出た隊が、追いついてくる

ドナー隊が、

ようやく山を抜けた頃。

後ろから、

別の荷馬車の列が見えてきました。

話を聞くと、

彼らはドナー隊より後に出発しています。

しかも、

通ってきたのは普通のルート。

ドナー隊が山の中で道を作っている間に、

後発組が、

すぐ近くまで来ていたのです。

木を切る。

枝を払う。

荷馬車が通れる幅を作る。

何日もかけて、

ようやく前へ進んだはずでした。

それでも、

普通の道を来た人たちとの差は、

ほとんど残っていません。

「……近道したよな?」

誰かがそう思っても、

おかしくありません。

早く着くために選んだ道で、

思ったほど先には進めていなかったのです。

ただ、

ここで立ち止まっている余裕はありません。

一行の前には、

次の難所が待っています。

森の次は、

グレートソルトレイク砂漠でした。

夜になっても、まだ砂漠

グレートソルトレイク砂漠へ入ります。

予定では、

数日で抜けられるはずでした。

最初のうちは、

まだ余裕があります。

水を飲む。

牛を休ませる。

また進む。

ところが、

なかなか景色が変わりません。

昼。

白い大地。

夕方。

まだ白い大地。

夜になっても、

砂漠の中です。

「こんなに長かったのか?」

止まれば、

水が減ります。

進めば、

牛が疲れます。

それでも、

進むしかありません。

やがて、

荷馬車を引いていた牛が逃げ始めます。

見つからない。

戻ってこない。

牛が減れば、

今度は荷物が運べません。

そこで、

荷物を捨てます。

家具。

服。

道具。

カリフォルニアで使うつもりだった物まで、

砂漠に置いていきます。

荷馬車は軽くなりました。

でも、

喜べる話ではありません。

軽くしたのではなく、

運べなくなったのです。

そして砂漠を抜けた時、

一行には、

予定になかったものが二つ増えていました。

遅れと、

疲れです。

一人が死んだ

10月。

砂漠を越えたあとも、

旅は楽になりませんでした。

牛は減り、

荷物も減り、

予定だけが遅れています。

そんな中、

狭い道で荷馬車同士がもつれました。

ただの行き違いです。

いつもなら、

怒鳴って終わったかもしれません。

でも、

この日は終わりませんでした。

御者と、

ジェームズ・リードが言い争います。

御者が、

リードを殴る。

リードが、

ナイフを抜く。

そして、

一人が倒れます。

さっきまで一緒に歩いていた男が、

その場で亡くなりました。

隊の中から、

すぐに声が上がります。

「絞首刑にしろ!」

今度は、

一行そのものが割れます。

殺人として裁くべきだ。

いや、

先に殴られたのはリードだ。

話し合いの末、

処刑はされませんでした。

代わりに、

リードは追放されます。

妻と子どもを隊に残し、

一人だけ先へ進むことになりました。

冬が近づく中、

一人は死に、

もう一人は、

荷馬車の列から消えました。

一行は、

そのまま西へ進みます。

次に待っていたのは、

シエラネバダ山脈でした。

あと少しだった

10月末。

一行は、

シエラネバダ山脈まで来ました。

山の向こうは、

カリフォルニアです。

長かった旅も、

本当にあと少し。

ただ、

人も牛も限界でした。

そこで、

一行は休みます。

一晩。

もう一晩。

そして、

雪が降ります。

最初は、

少し積もる程度でした。

翌朝。

白い。

さらに翌日。

もっと白い。

峠へ向かいます。

進めません。

引き返します。

雪がやむのを待って、

また向かいます。

やっぱり進めません。

昨日まで見えていた道が、

少しずつ消えていきます。

その向こうには、

目的地があります。

距離だけなら、

もう遠くありません。

でも、

近いことに意味がなくなっていました。

あと少し。

その「少し」が、

春まで届かない距離に変わりました。

今日の夕食は、皮

冬。

食料は、

日に日に減っていきます。

最初は、

残っていた牛を食べました。

次に、

骨から取れるものまで使います。

鍋の中身は、

少しずつ寂しくなっていきました。

そして、

とうとう入れる物がなくなります。

誰かが、

荷物に使っていた牛皮を持ってきます。

水に入れる。

煮る。

柔らかくする。

削る。

口に入れる。

「これも、食べるのか?」

食べます。

昨日までなら、

食料には見えなかった物です。

でも今日は、

夕食です。

外では、

また雪が降っています。

一日待つ。

まだ雪。

もう一日待つ。

やっぱり雪。

食べ物だけが、

先になくなっていきます。

このまま春まで待つのは、

無理でした。

12月。

15人が、

雪の中へ出ることを決めます。

目的は一つ。

助けを呼ぶことでした。

15人が山へ入る

12月16日。

男女15人が、

キャンプを出ます。

雪の上を歩くため、

あり合わせの材料で雪靴を作りました。

持っていける食料は、

数日分だけ。

目的は、

山を越えて助けを呼ぶことです。

最初のうちは、

まだ歩けました。

一日。

二日。

三日。

雪の中を、

ただ前へ進みます。

でも、

食料は予定どおりにはもちません。

減る。

さらに減る。

雪は、

止みません。

道も、

はっきりしません。

やがて、

話題が変わります。

「あと何日で着く?」

から、

「あと何日もつ?」

へ。

そして、

一人が倒れます。

また一人。

出発した時は、

15人いました。

でも、

山は人数を気にしてくれません。

後にこの一団は、

「Forlorn Hope(決死隊)」

と呼ばれるようになります。

ただ、

この時の彼らにとって大事だったのは、

名前ではありません。

助けを呼ぶ前に、自分たちが生きて山を越えられるか?

いつの間にか、

そちらの方が問題になっていました。

食料がなくなった

決死隊の15人は、

雪山を進み続けます。

12月22日ごろ。

ついに、

持ってきた食料がなくなりました。

それでも、

山の外には出られていません。

さらに、

吹雪がやってきます。

前へ進めない。

火も十分に使えない。

何日も、

その場で耐えるしかありませんでした。

そして、

一人が亡くなります。

また一人。

吹雪が収まる頃には、

出発した時より、

人数が減っていました。

食料は、

もうありません。

生き残った人たちも、

何日もまともに食べていません。

そこで、

その場で亡くなった仲間の遺体を、

食べることを選びます。

山を越えるために、

まだ歩かなければならなかったからです。

食べたあと、

再び出発します。

15人で山へ入った決死隊のうち、

約1か月後に人里へたどり着いたのは、

7人でした。

そこでようやく、

外の人たちに知らせます。

「雪山に、まだ人が残っています」

今度は、

山に残された人々を助ける番でした。

追放された男が戻ってくる

決死隊の生存者が、

ようやく人里へたどり着きます。

知らせを受けて、

救助隊が組まれました。

雪山へ向かう男たちの中に、

見覚えのある名前があります。

ジェームズ・リード。

あの時、

仲間を刺して、

隊から追放された男です。

リードは一人で先へ進み、

すでにカリフォルニア側へ着いていました。

そして今度は、

山へ戻ります。

置いてきた妻と子どもを、

助けるために。

数か月前。

リードは、

荷馬車の列から一人だけ外されました。

今度は逆です。

雪山に残された人たちを、

一人でも多く、

外へ連れ出そうとします。

追放された時は、

旅から消えたように見えた男が、

ここで突然、

救助する側として戻ってきました。

救助が来ても、終わらない

1847年2月。

雪の中に、

ようやく人影が見えます。

救助隊でした。

これで終わる。

誰もが、

そう思いたくなる場面です。

でも、

ここから先も簡単ではありません。

助けに来た側にも、

運べる食料には限りがあります。

歩けない人がいる。

子どもがいる。

衰弱して、

自分の足では下れない人もいる。

全員を連れて帰ろうとすれば、

今度は救助隊まで動けなくなります。

そこで、

何人かだけを連れて山を下ります。

残る人が出ます。

戻る救助隊。

山に残る家族。

また雪。

そして、

次の救助隊が山へ入ります。

また何人かを連れ出す。

それでも、

まだ人が残っています。

救助は、

一度では終わりませんでした。

山へ入る。

連れ出す。

戻る。

また入る。

それを何度も繰り返します。

最後の生存者が、

ようやく山を出た頃には、

もう4月でした。

出発したのは春。

雪に閉じ込められたのは秋。

そして、

全員が山を離れた時には、

季節がもう一度、春まで戻っていました。

最後に

「近道を使わないで」

1847年5月。

雪山を生き延びた少女、

ヴァージニア・リードが、

親族へ手紙を書きます。

長い旅でした。

家畜を失い、

荷物を失い、

仲間を失い、

冬を丸ごと山の中で過ごしました。

それでも、

手紙の最後に残した忠告は、

驚くほど短いものでした。

「近道を使わないで」

旅の始まりに戻れば、

一行がしたことは、

それほど無茶には見えません。

少しでも早く着きたい。

そのために、

短そうな道を選んだ。

ただ、

その一度の選択から、

道を作り、

砂漠で牛を失い、

冬に追いつかれ、

とうとう雪の中で止まりました。

そして春。

ようやく旅は終わります。

ヴァージニアの手紙には、

長い説明はありませんでした。

たぶん、

必要なかったのでしょう。

あの近道が、

どれだけ長かったのか。

それを知っている人が、

最後に残した言葉は、

これだけでした。

「近道を使わないで」

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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