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117人はどこへ消えた? ロアノーク島の消えた植民者

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

島には、誰もいなかった

1590年8月。

ジョン・ホワイトは、

3年ぶりにロアノーク島へ戻ってきました。

娘がいる。

娘婿がいる。

孫もいる。

そう思って船を降ります。

でも、

島は静かでした。

人がいません。

家も、

そのままでは残っていません。

壊されたというより、

解体されていました。

さらに、

木には

「CRO」

柵には

「CROATOAN」

という文字。

ホワイトは、

しばらくそれを見ます。

そして、

少し安心します。

家族が消えているのに、

なぜ安心できたのでしょうか?

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
 また、本文中の人物名については、文章を読みやすくするため敬称を省略しています。

「消えるなら、行き先を書いておいて」

話は3年前。

1587年です。

約117人の植民者は、

北米で新しい町を作ろうとしていました。

本来の目的地は、

ロアノーク島より北にある

チェサピーク湾。

ところが、

到着したころには夏も終わりに近づいていました。

船側は、

これ以上北へ進むのは危険だとして、

航海を続けません。

こうして一行は、

予定になかったロアノーク島で暮らし始めます。

食料は少ない。

周囲との関係も悪くなっていく。

そこでホワイトは、

救援を求めてイングランドへ戻ることにしました。

出発前。

島に残る人たちへ、

こう伝えます。

「もし移動するなら、行き先を残しておいてくれ」

さらに、

襲われるなどして危険な状態なら、

十字の印も付ける。

つまり、

3年後に見つかった

「CROATOAN」

は、

謎の暗号ではありません。

行き先を書いた伝言でした。

しかも、

十字はありません。

だったら、

次にやることは一つです。

クロアトアンへ行けばいい。

答えは見つかった。でも、そこへ行けない

ホワイトたちは、

すぐにクロアトアンへ向かおうとします。

現在のハッテラス島周辺です。

場所は分かっている。

あとは、

船でそこまで行くだけ。

そのはずでした。

ところが、

海が荒れます。

さらに、

船は錨を次々と失います。

船員たちは、

このまま進むのは危険だと判断しました。

ホワイトは、

海の向こうを見ます。

「そこにいるかもしれないのに」

でも、

船は引き返します。

クロアトアンは、

確認できませんでした。

しかも、

ホワイトが好きな時に北米へ戻れるわけではありません。

1590年の航海でさえ、

ようやく別の船に乗せてもらって実現したものでした。

その後、

植民計画への支援も弱まり、

ホワイトは家族を探しに戻れません。

場所は分かっていた。

でも、

確認できなかった。

この一歩の差が、

400年以上残る謎になります。

117人は、本当に一緒に消えたのか?

ホワイトは後に、

植民者たちが

約50マイル内陸へ移る準備をしていた

と記録しています。

つまり、

全員がロアノーク島で、

救援を待ち続ける予定ではありませんでした。

しかも、

1587年から1589年ごろ。

この地域は、

深刻な干ばつに見舞われていました。

雨が少ない。

作物が育たない。

食料も減る。

救援も来ない。

島に残った人たちからすれば、

「まだ、ここで待つ?」

となっても不思議ではありません。

そこで考えられるのが、

全員が一か所へ移ったわけではない可能性です。

一部はクロアトアンへ。

一部は内陸へ。

周囲の共同体と暮らした人もいたかもしれません。

そう考えると、

117人が同じ日に、

同じ場所へ消えたわけではなさそうです。

島を離れ、

別々の場所で暮らし始めた。

そのうち、

ロアノーク島には誰も戻らなくなった。

だから、

死体は残らず、

家も解体されていたのかもしれません。

残されたのは、

移動先を知らせるための文字だけでした。

「CROATOAN」

「失踪」ではなく、「解散」だったのかもしれない

人が一人もいなくなると、

どうしても

「消えた」

と考えたくなります。

でも、

家は解体されていました。

行き先も残されていました。

さらに、

島を離れる計画もありました。

ここまでそろうと、

ある見方が浮かびます。

ロアノーク植民地は、

突然消えたのではなく、

集団としての形を失っていった

のかもしれません。

一人は別の村へ。

別の人は内陸へ。

また別の人は、

周囲の共同体へ。

人間は残っていても、

「ロアノーク植民地」は消える。

それなら、

117人の死体が見つからない理由にも、

少し説明がつきます。

ただ、

最後まで残ったのは、

あの一言でした。

「CROATOAN」

最後に

1590年。

ホワイトは、

無人になったロアノーク島を離れます。

柵には、

「CROATOAN」

の文字が残ったままです。

人はいません。

その先で何が起きたのかも、

結局分かりませんでした。

ただ一つ、

確かなことがあります。

島を離れた人たちは、

何も言わずに消えたわけではありません。

行き先だけは、

ちゃんと残していました。

それでも後世では、

「消えた植民者」と呼ばれることになります。

もし書いた本人がそれを知ったら、

少し困るかもしれません。

「いや、行き先は書いたんだけど」と。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
どうぞ、ふらりと覗いてみてください。
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