【不思議】4万7000年前のエチオピア、人間はなぜ標高3500mの山で暮らしていたのか?
はじめに

「こんなところに、人がいた?」
エチオピア。
バレ山地。
標高、およそ3500メートル。
空気は薄い。
夜は冷える。
今でも、
わざわざ住みたい場所とは言いにくい。
ところが、
この山地にある大きな岩陰を掘ると、
出てきました。
石器。
動物の骨。
火を使った跡。
「登山客?」
違います。
約4万7000年前の人間です。
この岩陰は、
フィンチャ・ハベラと呼ばれる遺跡。
昔の人が雨風をしのぎながら、
何度も生活した痕跡が残っています。
そのころ地球は氷期。
山には今より大きな氷河までありました。
なのに人間は、
ここへ何度も戻ってきていたのです。
「……なんで?」
普通なら、
もっと下に住めば済む話です。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
「山の上に、何があった?」

寒い。
酸素も少ない。
それでも人間が来るなら、
何か理由があるはずです。
遺跡を調べると、
その答えが少しずつ出てきます。
まず、
氷河から流れてくる水がある。
そして、
食べ物もいる。
地面には、
大型のネズミの仲間が暮らしていました。
「それ、食べるの?」
そう、食べていたのです。

遺跡から見つかった動物の骨は、
このジャイアント・ルートラットが大部分を占めていました。
数が多い。
一年中いる。
しかも巣穴の近くで捕まえられる。
酸素の薄い山で、
獲物を何時間も追い回さなくていい。
これはかなり助かります。
でも、
食料だけではありませんでした。
「さらに上まで行ってたの?」

標高約4200メートル。
人間は、
さらに高い場所まで登っていました。
目的は、
黒曜石。
黒く光る火山ガラスです。
割ると鋭い刃になるので、
石器の材料になります。
岩陰遺跡で見つかった石器の多くも、
この黒曜石で作られていました。
つまり彼らは、
ただ山の寒さに耐えていたわけではありません。
拠点から出る。
食料を取る。
黒曜石を取りに行く。
岩陰へ戻る。
火を使う。
道具を作る。
山の中で、ちゃんと生活圏を作っていたのです。
「では、ここが気に入って住み着いたのか?」

ここで、
話が少し変わります。
「低地が住めなくなって、
仕方なく山へ逃げたのでは?」
と思います。
ところが、
同じ時代の低い土地にも、
人間が暮らせる場所はありました。
つまり、
追い詰められて山へ来たとは限りません。
バレ山地には、
水がある。
一年中捕まえやすい食料がある。
黒曜石もある。
そして岩陰は、
そうした資源へ行きやすい場所にありました。
だから研究者が考えているのは、
「ここに閉じ込められた」というより、
「この場所を生活の拠点として利用していた」
という姿です。
「で、いつまで住んでたの?」

ここが、
まだ完全には分かっていないところです。
この岩陰では、
約4万7000年前から、
約3万1000年前まで。
およそ1万6000年にわたる期間の中で、
人間が何度も利用した痕跡が残っています。
「1万6000年間ずっと住んでたの?」
そこまでは言えません。
一年中住み続けたのか?
季節ごとに戻ってきたのか?
別の場所と行き来していたのか?
それはまだ分かっていません。
ただ、
火を使い、
食事をし、
道具まで作っている。
少なくとも、
山登りの途中で一泊しただけではなさそうです。
最後に

もし4万7000年前に、
不動産屋がいたとします。
「こちらの物件です」
案内されたのは、
標高3500メートルの岩陰。
「……寒くないですか?」
「寒いです」
「空気、薄くないですか?」
「薄いです」
「じゃあこんな辺境の地に何があるんです?」
「水があります」
「はい」
「食べ物もいます」
「はい」
「少し登れば、石器に使える黒曜石もあります」
「なるほど」
こう聞くと、
当時の人が何度もここを利用した理由も、
少しだけ分かる気がします。
暮らす場所として必要なものは、
意外と揃っていたのです。
ただ、
条件を全部聞いたうえで言わせてもらうなら、
僕なら一度は低地の物件も見せてもらいます。

