楽観と悲観の果てに【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
彼は、毎朝のように鏡の前に立った。
スーツのシワを伸ばし、笑顔を作り上げる。
その顔は完璧だった——かつて自分が望んだ「理想」の姿。
しかし、その理想が虚無を抱えていることに、彼は気づき始めていた。
「これが本当の俺なのか?」
疑念は静かに、しかし確実に彼の心を蝕んでいた。
鏡に映る顔は、いつの間にか彼のものではなくなっているように感じる。
手を伸ばして鏡の表面を撫でても、返ってくるのは冷たい感触だけ。
まるで、自分が失われていく過程を見守ることしかできないかのようだった。
「俺は誰だ?」
その問いは、深く胸の中に突き刺さり、彼の心を引き裂く。
鏡に映るのは、無感情な仮面——かつては自分だったはずの顔。
今やその顔には、何の感情も残されていなかった。
彼は気づいてしまった。
完璧を追い求めることで、自分を失ってしまったことを。
笑顔は次第に崩れ、ただ無機質な仮面がそこに残った。
彼はもう笑わない。
鏡に映る仮面は、自分がかつて求めた「完璧」の象徴だった。
しかし、それは同時に、彼の全てを奪い去った存在でもあった。
最後に残ったのは、自分自身ではなく、ただの仮面。
彼が見つめるのは、自分の消失を映し出す冷たい表情の仮面だけだった。