肝試しの定番“廃神社”伝説は、どうやって作られるのか?
はじめに

鳥居を見つけた瞬間、少しだけ帰りたくなる
夜。
山道を歩いていると、
懐中電灯の先に、
古い鳥居が見えました。
柵はありません。
扉もありません。
道も普通に続いています。
それなのに、
なぜか足が止まる。
鳥居はもともと、
神社の外と神域を分ける境界
として置かれるものです。
要するに、
「ここから先は、今までいた場所とは違う」
という印。
「ほら、行こうぜ」
前を歩いていた男が、
そのまま鳥居をくぐります。
僕も後を追いました。
まだ、
何も起きていません。
ただ、
鳥居の向こうだけが、
少し暗く見えました。
※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。
怖いのは「誰もいない」より「誰も来ていない」

境内へ入ります。
草は伸び放題。
灯籠は傾き、
石段には苔。
「ここ、いつからこのままなんだろうな」
男が辺りを見ながら言います。
幽霊はいません。
変な声も聞こえません。
それでも、
少し帰りたくなります。
人は、
壊れた物や放置された場所を見ると、
安全ではないと感じやすいことが研究されています。
手入れされていない場所は、
それだけで、
「何かあっても、すぐ誰かは来ない」
という印象を与えるからです。
草。
苔。
壊れた階段。
どれもしゃべりません。
それでも、
長い間、
誰も手を入れていないことは分かります。
「社殿、あっちじゃない?」
男が先へ進みます。
僕も、
そのまま後を歩きました。
「今、窓に顔なかった?」

社殿の前。
男が立ち止まります。
「……今、窓に顔が見えなかった?」
懐中電灯を向けます。
暗い窓。
その横に、
丸い染みが二つ。
下には、
横長の割れ目。
確かに、
顔に見えます。
近づいて照らす。
ただの古い板でした。
こういう現象を、
パレイドリア
といいます。
顔ではないものを、
脳が顔だと思ってしまう現象です。
人間の脳は、
顔を見つけるのが得意です。
木目。
シミ。
窓。
影。
いろいろなものから、
勝手に顔を見つけます。
「なんだ、ただの板か」
男が笑います。
その通りです。
少なくとも、
今見えた「顔」については、
これで説明がつきました。
昼に戻ると、幽霊の完成度が急に下がる

翌日の昼。
同じ神社へ戻ります。
昨日、
顔に見えた板を見る。
「……これだったのか」
二つの染み。
一本の割れ目。
どう見ても、
ただの木目です。
夜は、
目に入る情報が減ります。
暗くてよく見えない部分を、
脳が補います。
しかも、
「何かいるかもしれない」
と思いながら見ている。
すると、
ただの影にも意味を見つけやすくなります。
建物などに顔を見る現象が、
正午より早朝や深夜で多かった、
という研究もあります。
板は、
何も変わっていません。
変わったのは、
明るさと見る側の条件です。
夜には顔。
昼には木目。
これだけでも、
怪談の材料としては十分です。
そして、
この木目には、
このあとさらに設定が足されます。
木目だった「顔」に、勝手に設定が増えていく

数日後。
知人に話します。
「この前、山の神社行ってさ」
「何か出た?」
「窓に顔っぽいのが見えた」
もちろん、
近づいたら木目だったことも話します。
すると、
別の人が言いました。
「あそこ、女の顔が出るって聞いたことある」
「女?」
僕が見たのは、
染みと割れ目です。
男か女かなんて、
分かりません。
それなのに、
次に聞いたときには、
「白い服の女らしい」
になっていました。
木目だったものに、
性別がつき、
服まで着せられています。
さらに、
こんな話まで出てきます。
「鳥居をくぐると、何かが後ろについてくるらしいよ」
「何かって?」
「知らない。俺も聞いただけ」
誰が見たのか。
いつからある話なのか。
聞いても、
はっきりしません。
分からない部分が多いほど、
人はそこに話を足していきます。
そして、
話だけが詳しくなって、
最初に誰が言ったのかは分からなくなります。
怖い話を作るのは、いつも人間

怖い場所へ行って、
怖い話をする。
これは、
最近始まった遊びではありません。
日本では昔から、
肝を試したり、
怪談を集めたりしてきました。
江戸時代には、
百物語
も流行します。
人が集まり、
怖い話を一つずつ語る遊びです。
怖くなったら、
帰るのか。
違います。
怖くなるために集まっています。
暗い場所で、
何かを見る。
帰って、
誰かに話す。
次の人が、
少しだけ話を足す。
そう考えると、
廃神社に怪談が増えていくのも、
それほど不思議ではありません。
木目だった顔に、
性別がつき、
服がつき、
いつの間にか幽霊になります。
怪談は、見た瞬間より、話したあとによく育つようです。
最後に

結局、
あの神社で噂どおりのことは、
何も起きませんでした。
白い服の女も出ない。
鳥居をくぐっても、
何かが後ろからついてくることもない。
窓に見えた顔も、
昼に見ればただの木目です。
噂なんて、
人から人へ渡るうちに、
勝手に形を変えていくものなのかもしれません。
そう考えれば、
あの夜のことも、
だいたい説明がつきます。
……だいたいは。
ただひとつだけ、
どうしても分からないことがあります。
あの男、結局誰だったんだろう?
僕は一人で鳥居に行ったはずなのに。

