公平な診察【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
彼は効率を極めることに命を懸けた男だった。
朝食は毎朝5分以内、通勤路は渋滞を避ける最短ルートを厳守、そして仕事中は1秒の無駄も許さない。
そんな彼にとって「誠実さ?」などは取るに足らない。
「効率が一番だろ!」と彼はいつも口にしていた。
周囲の人々は少し引きながらも、どこか彼のストイックな姿勢に感心していた。
ある日、彼はふと考えた。
「このまま突き進んで、何が残るんだ?」
だが、その考えも「非効率」の一言で片付けられ、彼の頭の中から瞬時に消え去った。
思索に時間を費やすなど、彼にはありえないことだった。
翌朝、彼のデスクは驚くほどすっきりしていた。
まるでそこに彼が存在していたことが幻であったかのように、何一つ痕跡が残っていない。
整然と並んだ書類の上には、一枚のメモ。
「効率のため、少し抜けます」とだけ書かれていた。
軽い言葉遣いだったが、彼の決意は真剣そのものだった。
やがて彼の名前は職場の噂からも消えていった。
「あの人、ホントに効率的だったよね」という乾いた声が残るだけだったが、その声にはどこか物足りなさが漂っていた。
ある日、職場の片隅で誰かがふと影を見る。
「あれ、まだ何かやり残してるの?」
影は、ただそこに佇んでいるだけだった。
まるで、彼が切り落としたはずの何かがそこに居座り続けているかのように。
「効率を追い求めた結果がこれか?」と誰かがつぶやくが、その答えを知る者は、もうここにはいなかった。