存在エラー【ショートショート】
存在確認?その時点でバグ確定
町の住人たちが、ある日突然「自分たちはもうここにいない」と言い始めた。
彼らは仕事をやめ、食事もせず、家に閉じこもったまま、まるで霧の中に迷い込んだように過ごしている。
医者や警察が何度説得を試みても「私たちはもうここにはいないんです」と、誰もが同じセリフを繰り返すばかりだった。
「全く、どうかしてるぜ」
俺はそんな彼らを横目に、毎朝鏡に映る自分を確認するのが日課だった。
「俺はまだここにいる。ちゃんと生きてる」と自分に言い聞かせるように。
そんなある夜、ドアがノックされ、見知らぬ男が現れた。
無言で俺を見つめるその目に、妙な威圧感を感じたが、俺は気にしないふりをした。
「何か用か?」
俺が聞くと、男は低く囁いた。
「君も、もうここにはいないんだよ」
胸の中で何かが冷たくなった気がした。
俺は慌てて鏡に駆け寄ったが、そこに映るはずの自分の姿が、まるで霧が晴れるように消えていた。
「嘘だろ?」
俺は鏡を何度も叩き、目をこすりながら見直したが、結果は同じだった。
鏡はただの空っぽな空間を映し出している。
その後、俺も他の住人たちと同じように、ただ無為に時間を過ごすことにした。
何をしても意味がない。
俺も、もうここにはいないのだから。
町の中央に集まった住人たちと一緒に座り込んだ俺は、ぼんやりと考えていた。
「俺たちは、本当にここにいないのか?」
そんなとき、ふとある考えが頭をよぎった。
「もし俺がここにいないなら、いないと感じることすらないんじゃないか?」
その考えが浮かんだ瞬間、急に笑いがこみ上げてきた。
だが、その笑いはすぐにかき消された。
突然、周囲が揺れ、空間が裂けるような音が響いた。
気づけば、周りの住人たちも、町全体も、すべてが消えていた。
俺だけがその場に取り残されていた。
その時、空中に巨大な指が現れ、ゆっくりと俺を指差した。
その指は、まるで遊び心たっぷりに宙を舞い、何かを示していた。
そして、どこかから機械的な声が響いた。
「エラー発生。不要データを削除します」
瞬間、俺は全てを理解した。
俺はただのプログラム、いや、使い捨てのエラーだったんだ。
笑いがこみ上げたが、その笑いもすぐにかき消された。
次の瞬間、俺は何もない虚無の中に消え去った。
そして最後に残ったのは、ただの無音と冷たい機械音だけだった。