無敵の代償【ショートショート】
痛みを知ることで、無敵は崩れる
田中直樹は、生まれつき痛みを感じない体質だった。
そのため、彼は「無敵」と呼ばれ、周囲の人々から一目置かれていた。
学校では友人たちが無茶な挑戦をさせるが、直樹はいつも笑顔でそれを受け入れた。
しかし、その笑顔の裏には深い孤独が潜んでいた。
ある日、直樹は車に轢かれた。
驚くべきことに、彼は立ち上がり、まるで何事もなかったかのように歩き去った。
周囲の人々は驚嘆し、彼を称賛したが、直樹自身は違和感を覚えていた。
家に帰った直樹は、鏡の前で自分の体を見て愕然とした。
体中に無数の擦り傷や打撲があり、骨も折れていたのだ。
しかし、痛みを感じない彼は、その怪我に全く気づかなかった。
「こんなこと危ないだけで、全然嬉しくない」と直樹は呟いた。
彼は、自分が本当に感じたいものが何なのかを考え始めた。
そして、ある夜、彼は決心した。
「痛みを感じるようになりたい」と。
次の日には街を離れ、痛みを感じる方法を探す旅に出た。
旅の途中で様々な人々に出会い、様々な経験をした。
ある医者は、神経を刺激する特殊な薬を開発していることを語り、その薬が痛覚を戻す可能性があると言った。
直樹はその話に興味を持ち、医者に協力を依頼した。
医者の治療を受けた直樹は、次第に痛みを感じるようになった。
最初は小さな切り傷や擦り傷で痛みを感じ、その新鮮な感覚に驚いた。
痛みを感じることで、怪我に早く気づき対処できるようになり、直樹は自分がもっと安全に生活できることに気づいた。
しかし、痛覚が戻った直樹は次第に痛みの影響を過剰に感じるようになり、些細な傷や痛みさえも耐え難いものとなった。
普通の生活が困難になり、日常生活での小さな事故や怪我が彼を苦しめるようになった。
痛みを求めた彼は、今や痛みの虜となり、痛みに翻弄される日々を送る事となった。
かつての「無敵」は、今や「痛みの伝道師」として痛みのつらさを伝える存在となったのだった。