石板に刻まれたぼやき【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
探偵の吉田は、焦りの表情を浮かべる依頼人の田中と向き合っていた。
「宝石が消えたんです」と田中は息を切らせた。
吉田は冷静に頷き、「詳しく聞かせてください」と促した。
田中は深呼吸してから話し始めた。
「昨夜、金庫にあった家宝の宝石が消えました。窓もドアも無傷で、家族以外に金庫の場所を知る者はいません」
吉田は鋭い目で田中を見つめた。
「つまり、家族の誰かが関与している可能性が高いということですね」
田中は苦しげに頷いた。
「そうだとしか考えられません。でも、信じたくないんです」
吉田は立ち上がり、「家族全員と話をさせてください。すぐに調査を始めます」
数時間後、吉田は再び田中の前に現れた。
「結果が出ました」
田中は緊張の面持ちで、「誰が…?」と問うた。
吉田は静かに、「娘さんです。彼女は借金に困っていました」と告げた。
田中は顔を青ざめ、「なぜそんなことを…?」と声を絞り出した。
吉田は目を伏せ、「彼女はあなたに迷惑をかけたくなかったのでしょう。その結果、誤った道を選んでしまったのです」
田中は言葉を失い、呆然と立ち尽くした。
吉田は最後に一言だけ残した。
「家庭の問題は宝石以上に価値があります。どうかそのことを忘れないでください」
吉田が去った後、田中は深い溜息をつきながら一人考え込んだ。
家族の絆と誤解の絡み合いが、彼の胸に重くのしかかっていた。