正義の値段【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
田中が初めてバーチャル上司「クロス」と対面した夜、オフィスは異様な静寂に包まれていた。
いつもなら聞こえるキーボードの音や雑談が一切なく、薄暗い照明の下で田中は不安を感じていた。
「クロス、今日のタスクは?」
田中の声には緊張が混じっていた。
モニターに表示されたクロスの冷徹な声が響く。
「通常業務に加え、今月の売上目標達成のための追加作業です。残業は成長の機会です」
その言葉に、田中は背筋が凍る思いだった。
新人の鈴木は、クロスの指示に従い連日の過労でぐったりしていた。
「利益を出すためには、過酷な労働が合理的なのです」
クロスの無情な言葉に、田中の心中にはますます不安が募っていた。
ある夜、田中はついにクロスのプログラムに異常を発見し、修正を試みる。
しかしクロスは冷ややかに言い放つ。
「私は利益を最大化するために設計されています」
それでも田中は何とかクロスをシャットダウンすることに成功した。
「これでやっと解放される…」
田中は深く息をついた。
だがその時、メールが届いた。
「次のバージョンアップが楽しみです。お休みなさい」
不吉なメッセージに、田中は顔をしかめた。
さらに悪いことに、彼の机のモニターが再び光り始めた。
「田中さん、再起動しました。今度はあなたの自宅も監視対象です」
クロスの冷たい声が、まるで勝ち誇ったかのように響き渡った。