重力異常【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
駅のホームで立ち止まった。
通勤ラッシュの喧騒の中、彼の目に一通の手紙が映る。
周囲を見回すが、誰も気づいていない。
手紙を拾い上げると、見覚えのある字が書かれていた。
「お父さんへ」その一文に心臓が跳ねる。
昨晩、娘との約束を思い出せず、仕事に没頭していた自分を悔やんだ。
手紙を開くと、幼い字でこう綴られていた。
「お父さん、今日は一緒に遊園地に行けるの?」
胸が締め付けられる。
娘との約束を忘れていたことに気づき、スマートフォンを取り出し、震える手で妻に電話をかけた。
「もしもし、今日は遊園地に行ける?」
妻は驚いた声で答えた。
「行きたいって言ってたわよ。でも、あなたが忙しいからって…」
「行く。今日は絶対に行く」
彼の声に力がこもる。
手紙をポケットにしまい、改札口に向かって駆け出した。
駅の出口で娘を見つけた。
泣き顔で手紙を探していた娘が、彼を見つけて駆け寄ってきた。
「お父さん、手紙見つけたんだね!」
彼は娘をしっかりと抱きしめ、心の中で決意を新たにした。
その日、彼は久しぶりに娘の笑顔を見た。
手紙が、彼に忘れていた大切な約束を思い出させたのだ。
後になって、彼は娘に尋ねた。
「どうして駅に手紙を持ってきたの?」
「ママが駅まで連れて行ってくれたの。でも、お父さんがいなくて、手紙を落としちゃったの」
娘の言葉に彼は胸が締め付けられた。
娘は、彼が必ず来ると信じて待っていたのだ。
彼は娘の小さな手を握り、もう二度と大切な約束を忘れないと誓った。