密室のプロたち【ショートショート】

計画は完璧だった――俺を囮にするまでは

バタン!
「……え?」
金庫室の分厚い扉が、鈍い音を立てて閉じた。
「嘘だろ……?」
俺は拳を叩きつけるが、微動だにしない。
警報がけたたましく鳴り響く。
「クソッ、最悪だ……!」
焦る俺の背後——
人質たちは、なぜか落ち着き払っていた。

「またか……やれやれ」
スーツ姿の初老の男が肩をすくめ、まるで日常の一コマかのようにため息をつく。
「こういう時は空調ダクトを使うのが手っ取り早い」
「……ちょっと待て、アンタ誰だ?」
男は余裕の笑みを浮かべながら、ゆっくりと内ポケットからメモ帳を取り出した。
「私か? 探偵だよ。こういう密室には、よく巻き込まれるんでね」
「“密室によく巻き込まれる探偵”!? そんなヤツいるかよ!」
「まあ、気にするな。さて……」
探偵はメモ帳にさらさらと何かを書き込みながら、こちらに目を向ける。
「ふむ、銀行強盗か。なかなか面白い事件だ」
「事件扱いするな! なんでそんなに落ち着いてんだよ!」
「いや、君が焦りすぎなんだよ」
「うるせぇ!」
「さて、強盗くん。君の動きから察するに……計画性がまるでないな?」
「だからうるせぇっての!!」
「まあまあ、そうカッカするな。ここから脱出したいんだろう?」
「そりゃそうだろ!」
「なら、私に任せたまえ。こういう場面には慣れている」
探偵はポケットに手を入れ、小型の工具を取り出してニヤリと笑う。
「……いや、お前探偵だよな?」
「当然だ。しかし、探偵というのはね、何でもできなければならないのさ」

「おい、強盗さんよ」
大柄な男が、懐からピッキングツールをくるくると回しながら歩み寄る。
「俺にも脱出計画、考えさせてくれよ」
「……お前、なんでそんなモン持ってんだ?」
男は肩をすくめ、にやりと笑った。
「そりゃあ、俺も泥棒だからな」
「えぇ……」
「実は俺も金庫狙いだったんだよ。まさか、こんな形で鉢合わせるとはな!」
「じゃあ、お前が開けろよ!」
「いや、この型は専門外でな……」
「使えねぇ!!」
「おいおい、そっちこそさっきから騒ぐだけで何もしてねぇじゃねぇか?」
「ぐっ……」
「ほらほら、強盗くん。学ぶチャンスだぜ?」
泥棒はピッキングツールを指ではじき、器用に回転させる。
「こういうのはな、道具を扱う腕がモノを言うんだ」
「だったら開けろよ!!」
「いやぁ、この金庫はダメだな。電子ロック式で時間がかかりすぎる」
「おい、それ最初に言え!!」

「私は爆弾処理の専門家です」
メガネの女性が静かに言い、ポケットから小型のドライバーを取り出した。
「……は? なんでそんなヤツが銀行にいんだよ!」
「ええ、偶然です」
「偶然!?」
「ちょうど銀行に寄ったら、なぜか閉じ込められまして」
「いや、これは爆発物が絡む事件じゃねえだろ!」
「むしろ、好都合です。こういう状況には慣れていますので」
慣れてるのかよ!?
俺の動揺をよそに、彼女は冷静にカバンを開き、中から精密な計器を取り出す。
「さて、金庫のロックシステムですが……」
「待て待て、爆破すんなよ!?」
「いきなり爆破なんて乱暴なことはしませんよ。ちゃんとプロセスがあります」
「ほんとかよ……」
「まず、制御パネルを開けて、電流を調整し……」
器用な手つきで金庫の端末をこじ開ける。
「よし、あとは——」
ピッ……ピッ……ピッ……
「おい、なんか鳴ってるぞ!? まさかタイマー作動したとかじゃねえよな!?」
「……誤作動ですね。あと30秒で解除しないと、ここ吹っ飛びます」
「やめろぉぉぉぉ!!!」

ガコン!
突然、金庫室のドアが静かに開いた。
「……は?」
俺は茫然とする。
「ほら、空調ダクトの制御盤を操作すれば、こうなる」
探偵が当然のように言い、ポケットに小さな工具をしまった。
「さて、ここまで付き合ったが、私はそろそろ退散するとしよう」
「え、待て待て! お前ら、俺を置いていく気か!?」
探偵は軽く肩をすくめる。
「強盗の処遇まで関知するつもりはないんでね」
泥棒がニヤリと笑いながら、指をパチンと鳴らす。
「俺も本来の仕事に戻らねえとな」
専門家は腕時計を確認し、淡々と言い放つ。
「私はこれから予定があるので、お先に失礼します」
「お前ら、本当に行くのか!?」
しかし、俺の声など気にもせず、三人は軽やかに金庫室を出て、銀行の奥へと消えていった。
俺は一人、開いたままの金庫室に取り残された——。

カチリ……!
ドアの向こうで、小さな音がした。
「よし、開いた!」
俺は飛び出そうとした——が、その瞬間。
バタン!
目の前で再び金庫室の扉が閉まる。
「は……? なんで!?」
振り向くと、探偵、泥棒、そしてメガネの女が、悠然とこちらを見ていた。
「おい、何やってんだ! 逃げるぞ!」
「逃げる? いやいや、強盗くん、君の役目はここまでだ」
「……は?」
探偵はメモ帳を閉じて、肩をすくめる。
「いやあ、実にスムーズな作戦だったよ。君のおかげで銀行の防犯システムの穴がしっかり把握できた」
「おかげさまでな」
泥棒がポケットから金庫のマスターキーを取り出し、ひらひらと振る。
「待て待て待て! どういうことだ!?」
メガネの女が時計を見ながら言う。
「ちょうどいいタイミングですね。もうすぐ警察が来ます。あなたが銀行強盗として発見される頃には、私たちは遠く離れているでしょう」
「……つまり」
俺はようやく理解した。
「お前ら、俺を……ハメたのか?」
「いやいや、違う違う」
探偵が笑う。
「君が勝手にここに閉じこもったんじゃないか」
泥棒が肩をすくめる。
「俺たちは最初から金庫を狙ってた。でも、単独行動はリスクがあるからな。ちょうどいい“陽動”が必要だったんだ」
「……俺が、陽動?」
「そういうこと。君が騒いでくれたおかげで、俺たちは完璧なタイミングで動けた。感謝してるよ」
俺は絶句した。
いや、そんなバカな……俺は、ただの囮だった?
ウウウウウウーーー!!!
遠くでサイレンの音が鳴り響く。
「さて、そろそろ行くとするか」
「じゃあな、強盗くん」
探偵、泥棒、そしてメガネの女は、悠然と金庫室を後にした。
「おい……待てって!! 俺を置いていくな!!!」
バタン!
最後に、彼らはしっかり金庫室のドアを閉めていった。

翌朝、新聞の一面にはこう書かれていた——
『銀行強盗、犯行に失敗し金庫室で御用——共犯者は依然として不明』
