笑顔の盾【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
エレベーターが止まった。
「最悪だ……」
スーツ男が腕時計を睨み、苛立ちを隠さない。
「商談があるんだ。遅れれば大損害だ」
俺は腹をさすりながら、呑気に答えた。
「俺もランチに遅れる。どっちが深刻かは明白だな」
男は鼻で笑った。「食事なんて後回しにできる。ビジネスは時間との勝負だ」
俺はぼそりと呟く。
「……そうとも限らない」
「もし……このまま何時間も閉じ込められたら?」
スーツ男の顔が曇る。
「……は?」
「食糧問題が発生する」
俺はスーツ男をじっと見つめた。
「その点、お前は恵まれてる。いいスーツを着てるし、肉付きも悪くない」
スーツ男の顔色が、みるみる青ざめていく。
「まさか……」
俺はわざとらしく男のスーツをじっと眺めた。
「やっぱり……いい肉食ってるんだろ?」
男の額に汗が滲んだ。
「……冗談、だよな?」
俺はニヤリと笑った。
「さあな」
スーツ男は数歩後ずさる。
ピッ……ピッピッピッピッ!!!
突如、スーツ男が無言で警報ボタンを連打する。
必死だ。
その指の震えが、全てを物語っている。
数分後、エレベーターが動き出した。
ドアが開くなり、スーツ男は弾かれたように飛び出した。
俺はひとり、エレベーターの中に残された。
静寂。
男の姿はもう見えない。
俺はゆっくりとポケットに手を入れた。
そこにあったのは、食べかけのパン。
……すっかり忘れてた。
俺は苦笑しながら、それをひとくちかじる。
「……結局、どっちが本能的だったんだろうな」
エレベーターのドアが静かに閉まり、俺は小さく笑った。