それ、本当に強くなってる?【ショートショート】

それ、成長じゃなくて迷走じゃない?

「クビになった」
ジョーはビールを煽り、満足げにグラスを置いた。
「またかよ」
向かいの友人が呆れ顔で尋ねる。
ジョーは泡の消えかけたグラスをゆっくり回しながら、得意げに言った。
「違う、これは計画的なクビだ」

「計画的?」
「ああ、最近の流行だろ? レジリエンスを鍛えるんだよ」
「心の回復力、ってやつか?」
「そうそう。俺はどんな逆境にも負けない男になる」
ジョーは指を一本立てた。
「まず、社長にこう言ってみた。
『お前が辞めたほうが会社が良くなる』 ってな」
友人はグラスを持ち上げ、静かに聞いている。
「で?」
「社長は俺をじっと見て、こう言ったよ。
『お前にレジリエンスを鍛えるチャンスをやろう』 ってな」

友人は天井を仰いでため息をついた。
カウンターの向こうでは、バーテンダーがグラスを磨きながら、肩を小さく震わせている。
「次の職場は?」
「もっと鍛えるさ」
ジョーは指を二本立てて、口角を上げた。
「次の上司にはこう言うつもりだ。
『お前の指示がなければ仕事がスムーズに進む』 ってな」

友人はグラスの中の泡を眺め、しばらく沈黙した。
やがて、ぽつりと言った。
「なあジョー、お前は何かを得たのか?」
「は?」
「お前はレジリエンスを鍛えてるつもりなんだろう? じゃあ、少しは強くなったか?」
ジョーは言葉に詰まり、初めて自分の手元を見つめた。
この数ヶ月で転職を繰り返し、無理矢理「逆境」を作り出してきた。
だが、彼は何かを得たのか?
「……まあ、ビールの味は変わらないな」
「それが答えか」

バーテンダーがグラスを拭きながら、小さく息を吐いた。
「お客さん、それってレジリエンスとは違うんじゃないですか?」
ジョーは反射的にバーテンダーを見た。
「レジリエンスって、困難を乗り越えて成長する力ですよね? でも、お客さんはただ困難を作って逃げてるだけじゃ……?」
静寂が落ちた。
カウンターに置かれたジョーの指が、わずかに動いた。

「……さて、次の仕事を探すか」
ジョーは最後の一口を飲み干し、立ち上がった。
その顔には、わずかだが、今までになかった真剣な色が浮かんでいた。
カウンターの向こうで、バーテンダーが小さく笑った。
「ようやく、鍛え始めましたね」
