スマイル・フォー・セール【ショートショート】

笑顔は、もうタダじゃない

「なあ、笑顔はタダだと思うか?」
男はカウンターの向こうで微笑んだ。
まるで高級ワインを差し出すソムリエのように。
だが、客は知っていた。
この笑顔には値札がついている。
そして、それを買わずにはいられなかった。

📢 世界が「笑顔の価値」に気づいたのは、一つの研究がきっかけだった。
「笑顔はチョコレートバー2000本分の幸福効果がある」
それが発表された翌日、「スマイル屋」 がオープンした。
メニューはたった一つ。
📌 プレミアムスマイル:1回100ドル
男は笑うだけ。客は金を払うだけ。
単純なビジネスだった――最初は。

最初の客は痩せた女性だった。
「ダイエット中なの。でも……甘いものが食べたくて」
男が最高の笑顔を向けると――
「……あまい!」
彼女はうっとりしながら100ドル札を置いた。
それが、地獄の始まりだった。

口コミが広がり、笑顔の市場は爆発的に拡大した。
✔ ストレスを抱えたサラリーマン「ブラックコーヒーより効く!」
✔ 美容意識の高いモデル「チョコを食べなくても満足できるなんて!」
✔ CEO「社員全員に毎朝スマイルを買わせるか……」
世界は「笑顔経済」に突入した。
人々は食事を減らし、代わりに笑顔を買い求めた。
だが、それが異常事態を引き起こす。

ある日、リピーターの一人が泣きながら戻ってきた。
「笑えないの……!」
冗談だろうと思った。
しかし、次の日も、その次の日も――
「スマイルを買わないと、笑えなくなった……」
世界から、自然な笑顔が消えた。

科学者たちが発表した。
「脳が『笑顔=商品』と認識し、自発的に笑えなくなったのです」
もう、人々は「無料で笑う」ことができなくなった。

そして、スマイル屋の前には、絶望した人々の長蛇の列ができた。
「お願いだ、笑顔を売ってくれ!」
「スマイルがないと、生きていけない!」
彼らは、まるで薬物中毒者のようだった。

男は鏡を見た。
……彼自身も、笑えなくなっていた。
「売りすぎたんだ」
彼の商売は成功しすぎた。
その結果、世界は笑えなくなった。
そして、彼も。

ふと、カウンターに置かれた チョコレートバー を手に取る。
パキッ。
口に含むと、ほんのり甘い。
――ふっ。
唇が、わずかに動いた気がした。

スマイル屋は、ある日消えた。
それ以来、誰も彼を見ていない。
世界には、いまもスマイルを求める人々の列ができている。
あなたは――
「タダで笑える世界」に生きていますか?
