伝説の有給【ショートショート】
競え!有給という名の幻を目指して!
「おい、みんな!」
新任の工場長が壇上で叫ぶ。その声に従業員たちは作業を中断し、不満げに顔を向けた。
「今日から新ルールを導入するぞ!」
場内に不穏な空気が流れる中、工場長はにやりと笑いながら続けた。
「なんと、最も優秀な成績を残した者には――豪華な報酬を与える!」
一瞬の静寂。
そして若手のタナカが手を挙げた。
「その報酬って、何なんですか?」
工場長は得意げに胸を張り、こう宣言した。
「それは――有給休暇だ!」
場内は再び静まり返る。
だが今度は、誰も笑わない。
ベテラン社員がぼそりと呟いた。
「有給? ああ、そんな言葉もあったな……」
別の社員が首をかしげる。
「それって、都市伝説の類じゃないんですか?」
「違うよ! 就業規則に確かに書いてある。だけどな……」
「誰も取れたやつなんていないんだよなぁ」
工場内はざわざわとした笑いに包まれるが、その裏に漂うのは乾いた諦めだった。
「でも、今回は違うぞ!」
工場長は拳を振り上げた。
「今回のルールでは、ちゃんと休める。選ばれた者には堂々と休みを与えるからな!」
その言葉に従業員たちの目が輝いた。
- 作業速度の限界に挑戦する者。
- ミスを一つも許さない者。
- 昼休みを削り、仕事に没頭する者。
「次は俺が休む!」
「いや、俺だ!」
工場内は、まるで戦場のような熱気に包まれた。
結果、工場の生産量は過去最高を記録した。
数週間後――。
タナカは荷物をまとめている工場長を見つけ、声をかけた。
「工場長、どこか行かれるんですか?」
工場長は疲れ切った顔で微笑みながら答えた。
「俺が一番働いてたからな。有給休暇を取らせてもらうよ」
タナカは呆然とした。
「でも、工場長……俺たちがあんなに頑張ったのに……」
工場長は肩をすくめ、ドアを開けながら振り返る。
「いや、よく頑張ってくれた。おかげで俺の休みが気持ちよく取れそうだよ」
タナカは思わず叫ぶ。
「でも、俺たちは――」
工場長は微笑みながら言い放った。
「次の目標があるだろ? また頑張れよ!」