誠実の値段【ショートショート】
嘘より強い!?誠実の値段
ミヤタは鏡の前でネクタイを締め直した。
三年目の営業マン。
それでも、自分に自信を持てた試しがない。
「自信なんて嘘でいい。堂々としてろ。それが営業の基本だ」
上司の言葉が頭に残る。
今日が嘘の自信で挑む最初の舞台だ。
クライアントのオフィスに足を踏み入れる。
応接室は静寂そのものだった。
時計の針が音を刻む中、ミヤタは手汗をぬぐった。
「この商品、業界最高のクオリティを誇ります!」
胸を張り、笑顔を貼り付けた。
クライアントは資料をめくりながら頷いたが、ふと顔を上げた。
「なるほど。それで、業界最低の商品についても教えていただけますか?」
その言葉に、ミヤタの頭が真っ白になる。
何を言っているんだ?
からかわれているのか?
「えっと……それは、わかりません」
かろうじて絞り出した声は、自分でも頼りなく聞こえた。
帰社後、ミヤタは上司に報告した。
「堂々とやりました。でも……失敗しました」
上司は机の上に広げた資料から目を上げる。
「具体的には?」
「『業界最低の商品についても教えてくれ』と言われて、答えられませんでした……」
ミヤタの声は徐々に小さくなる。
上司は少し間を置き、静かに言った。
「それでいい」
「え?」
「自信を装ったな。そして失敗した。それが、営業の第一歩だ」
上司は椅子にもたれ、続ける。
「営業で必要なのは、自信だけじゃない。お前に足りなかったのは、誠実さだ。相手の質問に正直に答えたのは、むしろ良かった」
「でも……そんなので信頼されるんでしょうか?」
「されるとも」
上司は微笑んだ。
「クライアントはな、商品だけじゃなく、人を買ってるんだ。間違えても、それを正直に見せられる奴のほうが信頼される」
ミヤタはその言葉を反芻した。
自信を装うのではなく、誠実に向き合う。
それが、本当に必要な自信なのかもしれない。
応接室の光景が脳裏に蘇る。
『業界最低の商品』という問いに、次ならどう答えるだろう。
ミヤタの中に、今までとは違う種類の自信が芽生え始めていた。
次は――堂々と誠実に答えようと思えた。