喋る金魚の囁き【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
タナカは、会社で設けられたメンタルヘルス相談窓口に足を運ぶことになった。
周りからは「きっと気が楽になる」と勧められたが、どこか腑に落ちない気分でドアを開けた。
そこに相談員の姿はなく、代わりに机の上に一枚の紙が置かれていた。
『本日、相談員は体調不良のためお休みです』
タナカはその文字を見つめ、しばらく立ち尽くした。
「相談員が体調不良…?」
どこか皮肉めいた響きに、彼の緊張が少し解ける。
思わず笑いがこみ上げ、「みんな疲れてるんだな」と独りごちた。
翌日、タナカはもう一度相談窓口に向かった。
ドアを開けると、昨日と同じ紙が貼られている。
「またか…」
タナカは驚きもせず、その場で肩をすくめた。
もしかしたら、自分の抱える問題もそれほど特別なものではないのかもしれない。
そう思いながら会社を出ると、ふと寄ったカフェでコーヒーを飲み、一息ついた。
その小さな習慣が、彼に少しずつ心の余裕をもたらした。
自分だけじゃない、誰もが何かを抱えながら生きている。
そんなささやかな気づきが、彼の気持ちを不思議と軽くしていた。