夢の住まい【ショートショート】
夢を売るって、案外儲かるんです
「これが我が市の『低所得者向け夢の住まい』です!」
広報担当者は満面の笑みで宣伝する。
最新設備、便利な立地、そして「誰でも手が届く家賃」を強調し、ビデオには、広々としたリビングで微笑む家族や、快適そうに散歩する住民たちの姿が映し出されている。
「理想の生活がここにあります!」と、まるで夢のような言葉が響いた。
そして、その「夢の住まい」が完成し、期待を胸に抱いた住民たちが次々と引っ越してきた。
しかし、実際に暮らしてみると…期待はたちまち裏切られた。
「え、隣の人のくしゃみまで聞こえるんだけど?壁薄すぎない?」
「エアコン、動かないんですけど?…これ、ただの壁掛けオブジェ?」
「駅まで徒歩5分って書いてあったのに、バスで40分かかるってどういうこと?」
住民たちの不満は瞬く間にSNSで広がり、「夢の住まい」の評判はすぐに地に落ちた。
市には連日苦情が寄せられ、広報担当者は「快適さの感じ方には個人差がありますので」と、定型の対応を繰り返す。
「ただ、家賃が手頃なのは事実ですから!」と言われても、住民たちは失望感を隠せなかった。
そんな中、市議会で「低所得者向けの夢の住まい」が再び議題に上がる。
市長は自信満々に宣言する。
「今度こそ、真に手が届く理想の住まいを提供します!」と。
しかし、広報担当者が小声で何かを囁くと、市長は一瞬、言葉に詰まった。
「すみません、皆さんにお知らせがあります…実は、あの住まい、全部売り切れました」
「おお、それは素晴らしいことだ!」
市長はすぐにほっとした様子で言う。
「…ですが、実際には低所得者の方が一人も入居しておりません。全て、投資家に買収されました」
議場はしんと静まり返ったが、すぐにざわめき始めた。
「投資家が?何のために?」
広報担当者は無表情で続ける。
「高所得者向けのリゾート施設を建てるためのテストケースとして、短期的に住まいを使う計画が進んでおります」
市長は軽く咳払いをして言い直す。
「…つまり、低所得者向けの夢の住まいが、投資家の利益のためのテストケースになったと?」
「はい。結局のところ、土地の価値が上がったので市としては成功です。おかげで、次の計画に移るための資金が集まりましたから」
広報担当者は淡々とした口調で言った。
一瞬、全員が静まり返り、その後、市長は肩をすくめて苦笑した。
「…なるほど、これが本当の『夢の住まい』だ。最初から夢だけ見せて、実際には誰も住めない」
その場にいた誰もが、市の計画が掲げていた「理想」が、ただの幻だったことに気付いたが、誰もそれを口に出せなかった。