働かない権利【ショートショート】
不労所得は夢見た自由?それとも、ただの幻想?
「決めたぞ。僕は今日から働かない!」
ムラカミが突然オフィスのど真ん中で高らかに叫んだ。
いつもは定時ピッタリに帰る彼が、今日は妙に張り切っている。
その笑顔は、まるで全てを悟った賢者のようだ。
「ムラカミさん、それどういうことです?」
隣のタナカが、半分笑いながら尋ねた。
ムラカミは得意げに胸を張った。
「これからは自由な時間を楽しむんだ。労働なんて、僕には必要ない!」
「え、マジで?」
タナカは軽く眉を上げたが、ムラカミは力強く頷く。
「今の時代、働かなくても不労所得で生きていけるんだ。もう会社に頼る必要なんてないさ!」
タナカはしばらく何かを考えたが、やがて肩をすくめた。
「まあ…がんばってください」
その言葉と共に、ムラカミは晴れやかな表情でオフィスを去った。
翌日から、彼は会社に現れなくなった。
上司へのメッセージはただ一言。
「働かない権利を行使中です。よろしく」
上司は最初こそ冗談だと思っていたが、ムラカミの不在が続くにつれ、会社は動き出した。
数週間後、ムラカミの元に一通の封書が届いた。
それは解雇通知だった。
メッセージにはこう書かれていた。
「権利は認める。しかし、義務を果たさない者は、我々の仲間ではない」
ムラカミはその通知を読みながら、口元に微笑を浮かべた。
「はは、想定通りさ。これも計画の一部だよ」
しかし、計画は思ったほど簡単ではなかった。
彼の投資はことごとく失敗し、口座の残高はゼロに近づいていた。
手にしたはずの「自由」は、実際には存在しなかったのだ。
やがて、ムラカミは近所のコンビニでアルバイトを始めることになった。
タイムカードを押すその手が、かつての自信に満ちた手とは全く違い、少し震えていた。
「結局、働かざるを得ないのか…」
それでもムラカミは諦めていなかった。
店を出る際、彼は再び不敵な笑みを浮かべた。
「次こそ…次は『金を稼がない権利』だ!」
彼の無謀な挑戦はまだ終わらない。
だが、その笑顔の裏には、かつての自信はもはや見当たらなかった。