無料の美学【ショートショート】
価値はお金で買えない?
じゃあ、なんで払っちゃったんだろうね
「これだ!完璧なデジタルアートだ!」
彼は興奮しながらスマホを見つめた。
目の前に広がるのは、幾何学模様が織りなす色とりどりの世界。
「誰にも真似できない美しさだ……」と呟き、即座に購入ボタンをタップ。
数万円の価値を持つこのアート、俺だけのものだ。
そう自分に言い聞かせながら、彼はSNSに「これぞ真の芸術!」と誇らしげに投稿した。
自分のアートコレクターとしてのセンスが光っている、と満足げに。
だが、数日後。
友人とカフェで会った時、その満足感は崩壊する。
「これ見てくれよ、最高だろ?」
彼がスマホを差し出すと、友人はチラリと見てクスッと笑った。
「お前もこれ買ったのか?っていうか、これ無料で配布されてたやつじゃん?」
「は?」
彼の顔が一瞬で真っ青になる。
「いやいや、何言ってんだ?俺は正式に買ったんだぞ、数万円も払って!」と焦って反論する。
友人はスマホをいじりながら肩をすくめた。
「いや、俺も持ってるし、ネットで誰でもダウンロードできるよ。金払ったってマジ?」
彼はその場で絶句した。
どうしてこんなことに?
俺があの時感じた『本物の価値』はどこへ行ったんだ?
彼の中で、大金を支払った事実がますます重くのしかかる。
しかし、彼は一瞬で別のアイデアを閃いた。
「よし、だったらこうしよう。俺がこのアートに価値を与えればいいんだ!」
スマホを取り出し、SNSにそのアートを再び投稿。
「この作品、実は特別な意味があるんだ」と、まるで芸術家のような雰囲気を醸し出すコメントを添えて、影響力のある人々をタグ付けした。
翌日、そのアートは急速に拡散し、評論家たちは「真の芸術は感じるもの」とこぞって持ち上げ始めた。
彼の作戦は成功し、世界中がそのアートの価値を讃えた。
だが、その夜、ベッドで考えるうちに疑問がよぎった。
「本当に、俺が作った価値なのか?」
誰かが勝手に決めた「評価」に、俺もまた踊らされているだけなのか?
彼はスマホをもう一度手に取り、画面に映るアートを見つめた。
それは、無数の人々が無料で手に入れた、何の変哲もないデジタル作品だった。
結局、本物の価値って何なんだろうな……?