最初からそこに【ショートショート】
自分探し?足元を見ればわかるよ
カタオカは、会社を辞めたときに何かが終わったと感じていた。
だが、それは決して解放感ではなかった。
まるで、出口のない迷路を抜け出したかと思えば、すぐに別の迷路に入り込んだような感覚だった。
心の中にはいつも「自分探し」という漠然とした言葉が浮かんでいたが、その答えがどこにあるのかはわからなかった。
「俺は何をしているんだろう?」
カフェの窓際に座り、アイスコーヒーを手にしながら、カタオカはふとつぶやいた。
街を行き交う人々を見つめても、そこに自分の未来があるようには思えなかった。
ただ、ぼんやりと過ぎ去る日常が広がるだけだった。
そんなとき、キャリアカウンセラーのサエキ アヤがカフェに入ってきた。
彼女はカタオカの向かいに座り、静かに微笑んだ。
「最近どうですか?少しは気持ちに整理がつきましたか?」
カタオカは窓の外を見つめたまま答えた。
「いや、何も変わらない。自分を探すって言ったけど、そもそも自分がどこにいるのかさえわからない」
アヤは彼の言葉を聞きながら、軽く頷いた。
「それが普通ですよ。誰だって自分が何を探しているのか、最初はわからないんです。でも、もし見つけた自分が今のあなたと同じだったとしたら?」
カタオカはその言葉に少し驚き、アヤの顔を見つめた。
「今と同じ…?」
「そう。もし変わらない自分だったとしても、それはそれで意味があるかもしれません。あなたが本当に探しているのは、変わることじゃないかもしれない。もしかしたら、すでにあるものに気づくことかもしれませんよ」
その夜、カタオカは部屋のソファに座っていた。
暗い部屋の中、時計の針だけが静かに時を刻んでいる。
自分探しとは一体何なのか。
アヤの言葉が頭の中で反響していた。
もし、自分がすでにここにあるのだとしたら、何を探しているのか?
その問いに答える術は見つからなかった。
翌日、カタオカは再就職の面接に向かっていた。
オフィスの白い壁に囲まれた面接室は無機質で、面接官の質問が次々と投げかけられるが、カタオカの心はどこか遠くにあった。
「この会社に入りたい理由は?」
面接官が尋ねる。
カタオカは一瞬、返答に詰まり、そして立ち上がった。
「すみません、ここは僕のいるべき場所じゃないです」
面接官が驚いた表情を見せたが、カタオカは軽く頭を下げ、部屋を出た。
外に出ると、曇った空が広がり、微かな風が顔を撫でた。
カタオカは深呼吸をし、目の前に広がる街をぼんやりと見つめた。
何かが自分の中で変わりつつあるような気がしたが、それが何かはまだわからなかった。
ふと、ポケットの中でスマホが振動する。
通知を確認すると、そこにはメッセージが一つ届いていた。
「今日の一歩:自己成長のためにできることを始めよう!」
カタオカはそのメッセージを見つめ、思わず笑ってしまった。
自己成長。
まるで「自分探し」と同じような響きだ。
しかし、今のカタオカにはそのメッセージが虚しく響いた。
「自己成長ね…俺はもう十分に成長してるのかもな」
そうつぶやくと、彼はスマホを再びポケットにしまい、歩き出した。
だがふと立ち止まり、スマホを取り出してSNSを開き、投稿を書き始めた。
「#自分探し終了 #気づいたらずっとここにいた」
そして、少し笑いながら、カタオカはまた歩き始めた。