地産地消の幻滅【ショートショート】
地元の味、どこの国の話だっけ?
タナカは、いつも通り市場でトマトを手に取った。
指先に伝わる冷たい感触と、鮮やかな赤。
地元で育った新鮮なものだという安心感が、彼に微かな満足感をもたらした。
地産地消、彼の信念であり、誇りでもあった。
帰り道、灰色の雲が空を覆っていたが、タナカは気にしなかった。
「地元産なら、間違いないさ」と、自分に言い聞かせるように呟く。
彼にとって、それは自分を納得させるための儀式のようなものだった。
家に戻ると、冷水でトマトを洗い、まな板に置いた。
包丁を入れると、薄い皮がスッと裂け、瑞々しい果肉が顔を出す。
滴り落ちる水滴が光を反射し、タナカは一瞬その美しさに見とれた。
スライスしたトマトは、見るからに完璧だった。
ゼリー状の果汁がたっぷり詰まり、甘酸っぱい香りがキッチンに広がる。
彼はオリーブオイルをそっと垂らし、海塩をひと摘み散らした。
最後に黒胡椒を挽き、仕上げた。
タナカはフォークを手に取り、一口を慎重に口に運ぶ。
オイルに包まれたトマトが口の中で弾け、果汁が広がるはずだった。
しかし、広がったのは妙な苦味だった。
「何だ、これは?」
思わず眉をしかめ、もう一口試してみる。
しかし、やはり同じ。
期待していた甘さはなく、不快な後味が残る。
タナカは不安に駆られた。
「地元産だから安心だと思ってたのに…」
タナカはトマトの出所を調べることにした。
市場の情報を辿り、ついに真実にたどり着く。
最近、地元の農家が安価な外国製の化学肥料を使い始めていたのだ。
トマトは地元で育てられたが、その根っこは遥か遠くの国と繋がっていた。
「地産地消…本当に意味があるのか?」
彼は静かにテーブルに戻り、皿に並んだトマトを見つめた。
長い間信じてきた「安全」は、幻想に過ぎなかったのかもしれない。
最後に、タナカは皿を片付けながら呟いた。
「もしかして、輸入品の方が安全だったりしてな…」
その言葉は虚しく、部屋に消えていった。