教室の片隅で【ショートショート】
AIが教え生徒が消えた教室で、教師は何を教える?
僕は教室の真ん中に立っていた。
だが、その教室はかつての賑やかさを失い、まるで僕一人だけが取り残されたかのように静まり返っている。
生徒たちは全員、自宅からタブレットを使って授業を受けている。
学校の決まりでは、教師は物理的に教室にいなければならないという規則があるが、なぜその規則が続いているのかはよくわからない。
ただ、義務感と惰性で僕は毎日この教室にやって来て、黒いAI端末を見つめている。
そのAIは、教師という仕事を人間から奪い取った。
薄く、光沢のある黒いガラスのようなデバイス。
冷たく、無感情なそれは、黙々と生徒たちにデジタル授業を送り出し、テストの採点まで一手に引き受けている。
僕がやるべきことは、結果を確認し、親たちに報告するだけ。
かつての教師という肩書きは、今では「データ管理者」にすぎないように感じている。
毎日この教室に来る理由は、もはや形式に従うだけではない気がする。
僕は、かつての教室がどうだったかを忘れたくないのだ。
生徒たちの笑い声、喧騒、そして時には厄介な質問や議論。
それが教育だと思っていた。
それがあってこそ、教室は生きていた。
だが、今はどうだろう。
窓から差し込む光さえ、冷たい。
ある日、いつものようにAIの画面を眺めていた時、突然エラーが発生した。
「テスト結果不明」と、全生徒に表示されたという通知が来た。
僕はその瞬間、画面をじっと見つめたまま小さく笑った。
「やっと俺の出番か」と、引き出しから紙とペンを取り出す。
自分でテストを作るのは久しぶりだ。
この感覚が懐かしいと同時に、かつての自分を思い出させた。
「みんな、今日は私がテストを作る。だから紙とペンを用意してくれ」と、画面越しに呼びかける。
しかし、返ってきたのは無数の「受信エラー」通知だけだった。
誰も聞いていない。
生徒たちは既にデジタルの世界に沈み込み、僕の言葉など彼らに届くはずもなかった。
僕は無言で立ち尽くし、AIのスイッチを切った。
教室は再び静寂に包まれる。
その静けさが、僕には今の教育の全てを象徴しているように思えた。
窓の外に広がる変わらない景色を見ながら、僕は一つため息をついた。
翌日、学校からメールが届いた。
「最新型AIは全て復旧しました。教師の介入は不要です」
その文面を眺めながら、僕は軽く首を振り、また自問した。
「教育って、いったい何なんだろう?」