ショートショート
PR

契約パートナー【ショートショート】

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

感情は、契約書には載せられない

私はクロカワと結婚している。

結婚という言葉が示すもののほとんどが、私たちにはない。

愛や親密さ、感情の共有、そんなものは初めから契約書には含まれていなかった。

ただ、必要なときに必要な役割を果たし、お互いの時間を尊重する。

それが私たちの結婚だった。

週末の午後、私はリビングでコーヒーを飲んでいた。

クロカワは新聞を読んでいる。

窓から差し込む午後の日差しは穏やかで、部屋の中は静かだ。

私はこの静けさが時折、心に刺さることに気づいた。

「ねえ、この契約、そろそろ見直すべきじゃない?」

クロカワは新聞を折りたたんで、ゆっくりと顔を上げた。

彼の瞳には、何も映っていない。

まるでこの言葉が、ただの書類の更新を求めているかのように受け取っているのがわかった。

「具体的には?」

私は一瞬、言葉を選びかねた。

具体的に何が欲しいのか、私自身よくわかっていないのかもしれない。

「もっとお互いのことを知る時間が欲しいの。普通の夫婦みたいに」

結局、こう言うしかなかった。

クロカワは考え込むように、顎に手を当てた。

「それはつまり、週一の食事を二回に増やすってことか?」

その言葉に、私は思わず小さく笑った。

おかしいのは、彼が本気でそう思っていることだった。

彼には感情というものが、どういうものか、きっと一度も理解したことがないのだろう。

「違う、そうじゃない。ただ…たぶん、心が欲しいんだと思うの」

彼はその言葉に少しだけ眉をひそめたが、それ以上は何も言わなかった。

私もそれ以上の説明はしなかった。

どうせ言葉にしても無駄だとわかっていた。

クロカワにはその「心」というものが、そもそも存在しないのかもしれない。

午後の静かな時間は、ただ淡々と流れ続けた。

契約書はテーブルの上に置かれたままだ。

結婚生活は、このまま何も変わらず続いていくのだろう。

私はその契約書の最後の一文を、ぼんやりと目で追った。

「契約の終了は、両者の合意による」

その一文を見つめながら、ふと、冷たい笑みがこぼれた。

「感情なんて、契約でどうにかなるものじゃないわね」

そう静かに自分に言い聞かせ、私はコーヒーを飲み干した。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
普段は小説家たまにブロガー
物語を生み出す事に楽しみを見出して様々な作品を作り出しています。
特にショートショートのような短い小説を作ることに情熱を注いでいます。
楽しんで頂ければ嬉しく思います。
記事URLをコピーしました