食事の自由【ショートショート】
進歩の香りには、何か物足りない
気がつくと、町から肉が消えていた。
カミヤはスーパーの棚を眺め、ぎこちない疎外感を覚えた。
色とりどりの豆腐、ラップで包まれたスプラウト、「動物性ゼロ」と誇らしげに書かれたパッケージたち。
それは、進歩と称された新しい世界の象徴だった。
しかし、カミヤはどこか釈然としない気持ちを抱いていた。
肉はただの食材ではなかった。
父が庭で炭火を使って焼いたステーキ、家族で囲んだ焼肉、その温かい記憶が今や彼にとって孤独を癒す唯一のものだった。
カフェに座ったカミヤは、「動物性ゼロ」と書かれたメニューをめくった。
「サステナブル」「健康第一」といったフレーズが並ぶが、彼の心に響くものはなかった。
周囲の変化にどうしても馴染めない。
新しい時代が急流のように前へ進む一方で、自分だけが岸辺に立ち尽くしているような感覚だった。
そんなある日、知人から「肉友会」という秘密の集まりの話を聞いた。
地下で肉を焼く、少数の仲間だけの集会。
カミヤは興味を持たずにはいられなかった。
それは禁じられた香り、過去の記憶を取り戻す鍵だった。
その夜、指定された地下室の扉をそっと押し開けると、薄暗い空間が広がった。
鉄板の上では、肉がじゅうじゅうと音を立てていた。
その音と香りは、彼を瞬時に少年の日々へと引き戻した。
夏の夜、父と共に庭で火を起こし、ステーキを焼いたあの瞬間。炭火の熱、父の笑顔、そして夜風に乗る肉の匂い。
それは、単なる食事ではなく、一つの儀式であり、温かな絆の象徴だった。
カミヤは静かにその香りに引き寄せられ、皿に盛られた一切れの肉を手に取った。
口に運んだ瞬間、脂がじわりと広がり、胸に広がる罪悪感の中に、懐かしい温もりがあった。
周りの人々が笑顔で肉を頬張る姿を見ながら、カミヤは心の中で思った。
「これが本当の自由かもしれないな」
しかし、その自由には孤独の影もまた深く潜んでいる。
それでも彼は、今この瞬間だけは、それで十分だと感じていた。
その時、地下室の入口が突然開いた。
「あれ、植物ベースの料理会じゃないのか?」
全員が静かに肉を背中に隠し、カミヤはただ言った。
「ええ、まあ、そんな感じです」