英雄のジレンマ【ショートショート】
自信があれば、仲間はいらない…はずだった
カイトは自信満々の男だ。
仕事でもプライベートでも、自分が最も正しいと信じて疑わない。
「俺に任せておけば、大丈夫だ」
それが彼の口癖だった。
周りの意見には耳を貸さず、いつも独断専行。
彼にとって、他人の意見はただの雑音でしかなかった。
ある日、そんなカイトに試練が訪れる。
大手クライアントとの重要なプロジェクトで市場データを大幅に誤り、契約が危うくなる状況に陥ったのだ。
プロジェクトチームはパニック状態に陥り、同僚たちからの視線が冷たい。
だが、カイトはいつも通り「俺が何とかする」と言い放ち、表情ひとつ変えない。
だが、今回は状況が異なった。
プロジェクトは停滞し、クライアントからの信頼が崩れ始めている。
カイトの耳に、同僚のシゲルが呟く声が届く。
「もうカイトには期待できないかもな…」
その言葉が、まるで凍りついたようにカイトの心に刺さった。
それまで感じたことのない不安が押し寄せてくる。
「俺一人じゃ、もう無理なのか?」
その瞬間、カイトは初めて仲間の力が必要だと気付いた。
「頼む、力を貸してくれ」と、これまで決して言えなかった言葉が彼の口から出た。
その一言は、驚きと共にチームの士気を変えた。
これまで孤高を貫いてきたカイトが、仲間に頭を下げるとは思ってもみなかったのだ。
チームは一丸となり、カイトのミスをフォロー。
データの見直しと修正を重ね、最終的にはプロジェクトを成功に導いた。
クライアントも無事に契約を継続し、最悪の事態は回避された。
だが、カイトは完全に変わったわけではない。
数日後、新しいプロジェクトが始まると、再び「俺に任せておけば大丈夫だ」と宣言した。
ただ、今度は彼の背後にチームの存在がしっかりと見えた。そして、カイト自身もそれを感じていた。
「俺が変わったのか?それとも、周りが俺を変えたのか?」とカイトは思ったが、すぐに肩をすくめた。
「まあ、どっちでもいいさ」と彼は微笑みながら再び歩き出した。