消えた宝石と家族の秘密【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
タナカはカンフーに人生を賭けていた。
子供の頃、地元の映画館で観たカンフー映画のヒーローが、彼の唯一の希望だった。
どん底の生活から抜け出すため、タナカは毎日道場に通い、ひたすら型を練習していた。
周囲が彼を「変人」と呼んでも気にしなかった。
「いつか、この技が世界を変える日が来る」と、ただ信じていた。
そんなある日、広場で練習していると、偶然、通りすがりの男に蹴りが当たった。
男は派手に倒れ込む。
タナカは固まった。
「え、俺が…?」
その時、警察が駆け寄り男を取り押さえた。
「こいつは指名手配犯だ!よくやった!」
タナカは一瞬呆然とするが、次第に胸に確信が生まれてきた。
「俺のカンフーがついに役に立ったんだ…!」
メディアも彼を「カンフーで町を救った男」として取り上げ、一躍ヒーローに。
道場を開き、講演会まで依頼されるようになった。
しかし、実際は犯人が自分で足をもつれさせて転んだだけだった。
タナカの蹴りは当たっていなかったのだ。
それでも誰もその事実を知ることはなかった。
タナカは信じ続けた。
「俺は本物のカンフーマスターだ」
しかし、彼がその実力を証明する日は、永遠に訪れなかった。