消えた宝石と家族の秘密【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
朝、僕は目を覚ますと、いつものようにベッドサイドの時計を見た。
針は僕の一日の始まりを無言で告げている。
時間に追われる毎日は、いつからこんなにも息苦しくなったのだろう?
僕はため息をつきながら、コーヒーメーカーのスイッチを押し、冷めきった心を少しでも温めようとした。
オフィスへ向かう道は、いつもと変わらないはずだった。
だが、今日に限って、僕の視線は道端に転がる小さな書類の束に引き寄せられた。
それは風に揺れ、まるで僕に何かを語りかけるようだった。
僕は立ち止まり、ほんの一瞬、手を伸ばすべきか迷った。
しかし、心の中のどこかで「時間は金なり」という声が僕を急かした。
結局、僕はその書類を無視して、足早にオフィスへと向かった。
オフィスの前には、普段は見慣れない光景が広がっていた。
社員たちが集まり、ざわざわとした空気が漂っていた。
何が起こったのかを尋ねる間もなく、社長の青ざめた顔が目に入った。
「大事な契約書が見つからないんだ」と彼はつぶやいた。
その言葉が、まるで心臓に針を刺すように僕の胸に響いた。
あの書類。
僕はその場に立ち尽くした。
時間を惜しんだ結果、見逃してしまったものがどれほど大きかったかを、今になってようやく理解したのだ。
手を伸ばしていれば、何かが変わったのだろうか?
でも、今となってはそんなことを考えても無意味だ。時計の針は決して戻らない。
「時を惜しんで金を失うとはな…」
僕は自嘲するように呟いた。
けれど、その言葉は空虚に響くだけだった。
僕の信じていた「時間は金なり」という信念は、まるで薄い霧のように消え去った。
そして僕は、風に揺れる書類をもう一度思い浮かべた。
その書類は、もはやただの紙切れ以上のものに過ぎないと知りながら。