ショートショート
PR

至福の静寂【ショートショート】

佐藤直哉(Naoya sato-)
<景品表示法に基づく表記>当サイトのコンテンツ内には商品プロモーションを含みます。

楽を求めた先に待つ、静かな無

彼が退屈という感情に囚われ始めたのは、ある静かな朝だった。

目覚めてからずっと、何も変わらない日常が続くことに耐え難い虚無感を覚えていた。

「もし、すべての時間が楽しさで満たされていたら、誰も何かを成し遂げようと努力しなくても、満足するのではないか」

彼はその考えに取り憑かれた。

それは光のように彼の中で膨らみ、いつしか唯一の信念となった。

彼はその信念に基づいて、究極の娯楽装置を開発することに没頭した。

どんな瞬間でも人々を夢中にさせ、退屈という概念を完全に消し去る魔法の箱だった。

装置が世に出ると、人々はそれに飛びつき、社会全体が急速に変わり始めた。

誰もが装置の前で時間を費やし、仕事も学びも放棄し、ただその瞬間の楽しさに溺れていった。

しかし、彼はその変化を見守るうちに、次第に不安を覚え始めた。

街は無音で、笑い声も消え、人々の目は次第に虚ろになっていった。

友人たちは会話を忘れ、家族はそれぞれの装置に夢中になり、誰も彼に目を向けなくなった。

創造性や革新は影を潜め、世界はゆっくりと停滞していった。

彼は「楽しい時間だけがあれば、すべてがうまくいく」と信じていたが、その考えが崩れ落ちるのを感じた。

ある夜、彼は静まり返った部屋で、自分が世界から取り残されていく感覚に襲われた。

自分が作り出したものに、全てを奪われたのだ。

彼はとうとう自らも装置に救いを求める決心をした。

装置を手に取った瞬間、その冷たい金属の感触が彼にかつての情熱を思い出させたが、同時に何かが決定的に失われたことも痛感した。

彼は目を閉じ、装置を頭に装着した。

その瞬間、深い森の中に迷い込んだような重い静寂が彼を包み込んだ。

思考は薄れ、彼の意識は徐々に消えていった。

「これで、すべてが楽になるはずだったのに」と彼は最後に思ったが、その思いは霧のように消え去り、彼の存在も同時に消えていった。

彼の存在が消えたあと、部屋にはただ冷たい静寂だけが残った。

世界はそのまま回り続け、誰も彼のことを思い出すことはなかった。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
普段は小説家たまにブロガー
物語を生み出す事に楽しみを見出して様々な作品を作り出しています。
特にショートショートのような短い小説を作ることに情熱を注いでいます。
楽しんで頂ければ嬉しく思います。
記事URLをコピーしました