無駄な根性【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
矢崎は通勤途中、ポケットを探ると財布がないことに気づいた。
「やばい、落としたか?」
駅のホームで立ち尽くし、冷や汗が背中を伝う。
心臓が早鐘のように打ち、必死で財布を探すが見当たらない。
駅員に遺失物届を出すが、見つかる望みは薄い。
「どうしよう」と肩を落として帰宅すると、妻が笑顔で迎えた。
「これ、見つけたよ」
妻が差し出すのは、なんと矢崎の財布だった。
「えっ、どうして?」
驚く矢崎に、妻は優しく微笑んで答えた。
「玄関のところにあったのよ。急いでて忘れたんじゃない?」
矢崎は自分の愚かさに顔を赤らめたが、心底ほっとした。
「ありがとう、本当に助かったよ」
妻の手を握りしめ、心から感謝の気持ちを伝えた。
翌朝、矢崎はまた玄関の鍵の上に財布を置き忘れた。
「またか!」
呟きながら家に引き返し、日常の小さな失敗に苦笑した。
財布は忘れても、過去の失敗は決して忘れられない。
矢崎はふと立ち止まり、友人だと思って見知らぬ人に声をかけてしまった日のことを思い出した。
相手の驚いた顔、周囲のクスクス笑い。
顔から火が出るような恥ずかしさが蘇る。
財布はしょっちゅう忘れるのに、こんな失敗はいつまでも忘れられない。
「次こそは」と心に誓い、彼の日々は続く。