完璧な写真【掌編小説】
風変わりな写真家、悠斗(ユウト)は一枚の写真に人生を賭けていた。
彼の目指すのは、この世で最も完璧な一瞬を捉えた写真。
何年もの間、悠斗はその一瞬を追い求め、数え切れないほどのシャッターを切った。
彼の撮る写真は美しく、時には観る者の心を打つものもあったが、悠斗自身は決して満足することはなかった。
ある晴れた日、悠斗は古い町並みを歩いていた。
突然、彼の目に飛び込んできたのは、古いカフェの前で笑顔を交わす老夫婦だった。
彼らの間に流れる愛情と時間の積み重ねが、悠斗の心を打ち、彼はカメラを構えた。
シャッターを切った瞬間、彼は知った。
これが、求めていた完璧な一枚だと。
興奮を抑えながら、悠斗は自宅の暗室で写真を現像した。
しかし、現像された写真には信じられない光景が映し出されていた。
写真には、彼が撮ったはずの老夫婦ではなく、見知らぬ若い男性が中心に立っていた。
その男性の背後には、透明な輪郭で悠斗自身の姿があった。
この不可解な現象に戸惑いながらも、悠斗はその写真を何度も見返した。
そして、次第に彼はある事実に気付き始めた。
彼の周囲の人々は決して彼の存在に気付いていなかったのだ。
カメラを構える彼の姿も、シャッターを切る音も、彼の存在自体も。
悠斗は自らの記憶を辿った。
そして、彼は自分が数年前の事故で亡くなっていたことを思い出した。
彼は幽霊となり、この世を彷徨っていたのだ。
彼の執着していた「完璧な写真」とは、生前の彼が追い求めていた夢の名残だった。
写真の中の見知らぬ男性は、偶然その場に居合わせた通行人だった。
その男性が中心に映っていたのは、彼が生きている証だった。
悠斗は自分が撮った写真が、自身の存在を証明する最後の手段だったことに気付いた。
悠斗は苦笑いを浮かべた。
彼は完璧な瞬間を捉えたと思っていたが、実際には自分の存在を消し去ることになる瞬間を捉えていたのだ。
彼はその皮肉に笑いながら、静かにこの世から姿を消した。
写真は、その後も町の古いカフェの壁に飾られた。
見知らぬ男性と背後の透明な輪郭が描かれたその写真は、訪れる人々に不思議な話と共に語り継がれていった。
完璧な一枚の写真が、永遠に忘れられることはなかった。