格安地下室【ショートショート】

無料の先に、地獄があった

「助かるぞ……! これで生き延びられる!」
ぼくは震える手で、チラシを握りしめた。
『都心・個室完備』
『生活必需品支給』
『初期費用ゼロ!』
「条件はたったひとつ」
不動産屋がニヤリと笑った。
「契約後、外出禁止」
──どうせ、行くあてもない。
「無料って、最高だな……!」
カンッ、カンッ。
薄暗い階段を降りる音が、空間に響く。
ひび割れた壁
ツンと鼻を刺すカビの匂い
低くうなる空調音(ブォオオ……)
金属ドアの向こう、白い無機質な部屋。
カチャリ。
鍵が下りた。

ぼくは拳を握った。
「ここが、俺の城だ!」
……数日後。
ピピッ。
モニターが点滅する。
【食事費:1食200円】
【空調使用料:1時間5円】
【ネット利用料:1分2円】

「えっ!? 無料じゃなかったのかよ!」
スピーカーが冷たく答える。
「ご安心ください。
すべて借金として処理されます」
(借金……!?)
バンッ!!
ぼくは机を叩いた。

「ふざけんな!!」
「労働成果に応じて、減額可能です」
モニターに次々と指示が表示される。
動画編集しろ
データを打ち込め
SNSで宣伝しろ
やらなければ、食事は停止。
拒否すれば、空調も停止。
ヒュウウウ……
薄暗い空調音が、ぼくの耳に染みつく。
ある日、スピーカーが告げた。
「あなたは優秀です。
昇進のチャンスです」
「マジかよ! やっと報われるんだな!」

カチャリ。
ドアが開く。
まばゆい光。
その先には──
地下室に縛られた数百人
青白い顔でモニターに向かう群れ
死んだ魚のような目
「こちらへ」
手招きされ、ぼくは歩き出す。
──巨大な掲示板が見えた。
【負債額ランキング】
ズラリと並ぶ数字。
ぼくの番号も、しっかり光っている。
──32万7,400円。

目の前に、テンプレートが置かれる。
「君の仕事は……これだ」
バサリ。
チラシの束。
表紙には──
『格安地下室、いかがですか?』

カタカタ……
ぼくは震える指で、キーボードを打ち始めた。
「都心・個室完備・生活支援つき──初期費用ゼロ!」
後ろから、不動産屋の声が聞こえる。
「いいねえ。
お前みたいなのが、次の客を連れてくるんだ」
──出口なんて、最初からなかった。
