小噺ショート
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深海からの帰還【ショートショート】

佐藤直哉(Naoya sato-)
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浮上したのは、生者か、それとも——

・現在──謎の脱出艇

「発見した! 深海脱出艇《ヘルメス》だ!」

捜索チームの声が、潜水カメラ越しに響く。

潜水艇《ネプチューン》の乗組員は全滅したはずだった。

しかし、乗員一名が収容可能な脱出艇《ヘルメス》が、沈没地点から ゆっくりと浮上していた。

「生存者がいるかもしれない……!」

船上に引き上げられた脱出艇は、ひどく傷んでいたが、生命維持装置はまだ作動している。

隊員が慎重に、ハッチのロックを解除する。

カチリ──。

「……開くぞ」

ハッチをゆっくりと押し開けた。

中にいたのは──。

・6時間前──潜水艇《ネプチューン》沈没

「やばいぞ……何かが外にいる!」

副操縦士が、必死に窓の外を覗き込んでいた。

小型潜水艇《ネプチューン》は、深海5000メートルの海底で停止していた。

機関が故障し、通信も途絶えた。

そして、船体の外では──。

何かが這い回る音がしている。

──ギギギギ……。

金属が削れる。

「おい、これ……噛まれてる ぞ」

操縦士の言葉に、機関士の顔が青ざめた。

「バカな……こんな深海に、こんなサイズの生物がいるわけ──」

バリバリバリバリッ!

その時、船体が裂けた。

「隔壁を閉じろ!!」

機関士が叫ぶ。

しかし、間に合わなかった。

副操縦士と機関士が、水とともに吸い込まれるように消えた。

・現在──脱出艇内部

隊員たちは、慎重に脱出艇の内部を覗き込んだ。

「生存者は……?」

ライトが内部を照らす。

その瞬間、隊員のひとりが 息を呑んだ。

「……何だ、これ……?」

・5時間前──生き残った者

操縦士は ひとりだけ 生き残った。

浸水を防ぐため、彼は 隔壁を閉じた。

「すまない……!」

叫びながら、沈んでいく仲間を見送るしかなかった。

潜水艇の中には、もはや彼ひとり。

だが……。

──ザザッ……

突然、通信機にノイズが入った。

「……聞こえるか?」

凍りついた。

副操縦士の声だ。

だが、彼は今…… 海の底に沈んでいるはずだった。

「……お前、生きてるのか?」

「おい、助けてくれよ……」

「無理だ……沈んだはずじゃ……」

「違う、いるんだよ。お前の後ろに」

操縦士は、ゆっくりと振り向いた。

そこには……。

何もいなかった。

しかし、次の瞬間。

お前が閉めたんだろ?

耳元で囁かれた。

操縦士は、狂ったように脱出艇へ飛び込んだ。

酸素が残っていることを確認し、すぐに発進シークエンスを開始する。

このまま浮上すれば助かる。

「……よかった……」

安堵のため息が漏れた、その時。

後部ハッチから、誰かが這いずって入ってきた。

・現在──脱出艇の中身

隊員が、ゆっくりと脱出艇の中へライトを向けた。

「生存者は……?」

その瞬間、背筋が凍りついた。

脱出艇の中、シートに座っていたのは操縦士ではなかった。

それは……。

副操縦士だった。

隊員たちは絶句する。

「……何で……?」

しかし、異常なのはそれだけではなかった。

彼は、死後何時間も経ったはずなのに、

「遅かったな」

と、微かに笑った。

・深海の底

捜索カメラが、《ネプチューン》の残骸を映し出していた。

船体はひどく損傷し、もはや修復不可能だ。

しかし、カメラが船内を覗いたとき──。

操縦士が、そこに座っていた。

無線機を握りしめたまま、静かに、何かを囁いている。

音声を増幅すると……。

「助けてくれ……」

生存者はどちらなのか?

脱出艇に乗っていたのは、本当に副操縦士だったのか?

深海の底で、沈黙が続いた。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
小説を書いていたはずが、いつの間にか「調べたこと」や「感じた違和感」を残しておきたくなりました。
このサイトでは、歴史の中に埋もれた謎や、日常でふと引っかかる“気になる話”をもとに、雑学記事、4コマ漫画、風刺ショートショートとして発信しています。
テーマはちょっと真面目。
でも、語り口はすこし皮肉で、たまにユーモア。
「なんかどうでもよさそうなのに、気になる」
──そんな話を集めて、掘って、遊んでいます。
読んだ人の中に“ひとつくらい、誰かに話したくなる話”が残れば嬉しく思います。
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