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エジプトの砂漠に消えた5万人のペルシャ軍――本当に砂嵐だったのか?

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

「5万人の兵士が消えた」

「5万人も?」

「しかも、ほとんど痕跡を残さずに」

紀元前6世紀。

エジプトを征服したペルシャ王カンビュセス2世は、砂漠の奥にあるシワ・オアシスへ大軍を送りました。

ところが、その軍隊は帰ってきません。

「何があった?」

古代ギリシアの歴史家ヘロドトスが残した答えは、

「巨大な砂嵐に飲み込まれた」

というもの。

5万人が砂に埋まり、そのまま消えたというのです。

「そんなこと、本当にあるのか?」

2500年以上たった今も、その疑問だけが残っています。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

5万人も連れて、どこへ行く?

紀元前525年。

カンビュセス2世はエジプトを征服しました。

その後、ヘロドトスによれば、王はシワ・オアシスへ約5万人の兵を派遣します。

目的は、そこにあったアモン神の神託所を攻撃すること。

「5万人なら十分だろう」

人数だけを見れば、そう思えます。

でも、行き先は砂漠。

「兵士の水は?」

「必要だ」

「5万人分?」

「……もちろん」

兵士が増えれば、水も食料も増える。

軍隊は途中のオアシスまでは進んだとされています。

その先。

5万人の足取りが、ぷつりと途切れました。

「砂嵐で全部消えました」

ヘロドトスが伝えた話は、かなり劇的です。

軍隊が砂漠を進んでいると、突然、南から猛烈な風が吹いてきた。

「風だけ?」

「いや、砂も一緒だ」

巻き上げられた大量の砂が兵士たちを覆い、

そのまま全軍が消えた。

「……5万人全員?」

そういう話です。

ただし、ヘロドトス本人が見たわけではありません。

彼も現地で聞いた話を書き残しただけ。

しかも現在まで、

砂に埋まった5万人の軍隊は見つかっていません。

「砂嵐で消えた」

有名な話ではあります。

でも、それを裏づける証拠は今もないのです。

本当は砂漠で力尽きた?

「砂嵐じゃないなら、何があったのか?」

考えられるのが、水や食料の不足です。

5万人もの兵士が砂漠を進むなら、大量の水が必要になります。

「次の水場までは?」

「まだかなりある」

「水は足りるのか?」

「このままだと厳しい」

予定していた水場にたどり着けない。

道を間違えて、余計に時間がかかる。

補給が追いつかず、兵士たちの体力が落ちていく。

そうなれば、軍隊は目的地へ進み続けることさえ難しくなります。

そのため、

一度の砂嵐で5万人全員が埋まったのではなく、水や食料を失い、途中で軍隊が崩壊した

という可能性もあります。

「巨大な砂嵐が全部飲み込んだ」

という話より地味ですが、

砂漠で大軍が消えた理由としては、十分にあり得る話なのです。

「いや、戦争で負けたのでは?」

ところが、別の説もあります。

「その軍隊、砂漠で死んでいないのでは?」

当時のエジプトには、ペルシャ支配に抵抗したペトゥバスティス3世という人物がいました。

一部の研究者は、

消えたペルシャ軍が彼の勢力に敗れた可能性

を指摘しています。

「じゃあ砂嵐は?」

「起きていなかったかもしれない」

もしこの説が正しければ、

「5万人が自然災害で消えた」という有名な話が、「征服したばかりのエジプトで、ペルシャ軍が反乱勢力に負けた」という話に変わります。

「消えた」のではなく、

戦って負けていたのかもしれない。

そうなると、なぜ「砂嵐で消えた」という話が2500年以上も残ったのか?

そちらも気になってきます。

「負けた」より「消えた」のほうが都合がいい?

仮にペルシャ軍が戦いに敗れていたとします。

「反乱軍に負けました」

これは帝国として、あまり格好のいい話ではありません。

では、

「砂嵐に飲み込まれました」

なら?

「相手は誰だ?」

「いません」

「誰に負けた?」

「誰にも」

自然災害なら、敵の英雄も生まれません。

そのため、敗北の記憶が後の時代に「砂嵐で消えた話」へ変わったのではないか、という見方もあります。

もちろん、誰かが意図的に隠した証拠はありません。

ただ、

砂嵐の話だけが残り、軍隊の最期は分からない。

そこが妙なのです。

「見つけた!」――と思ったら違った

2009年。

エジプト西部の砂漠から、人骨や古代の武器らしき遺物が見つかりました。

「ついに5万人を発見したのか?」

大きな話題になります。

ところが、

「本当にカンビュセスの軍隊なのか?」

となると、話は別。

決定的な証拠とは認められませんでした。

しかも最近では、

「そもそも5万人という数字は正しいのか?」

という疑問まであります。

5万人だったのか?
もっと少なかったのか?
シワへ向かったのか?
別の場所で戦ったのか?

人数から最期まで、この話はほとんど確定していません。

最後に

「5万人の兵士は、どこへ消えたのか?」

その答えは、今も分かっていません。

砂嵐だったのか?
砂漠で補給を失ったのか?
それとも、知られていない戦いで敗れたのか?

どの説にも、決定的な証拠は残っていません。

しかし、この事件には一つ不思議なことがあります。

5万人もの軍隊が姿を消したというのに、現代まで残ったものは兵士たちの遺品ではありません。

残ったのは、

「砂嵐によってペルシャ軍が消えた」という一つの物語でした。

本当に起きた出来事は、砂の中に埋もれたままかもしれません。

それでも、人々は2500年もの間、

「一体、あの軍隊に何が起きたのか?」

を考え続けてきました。

もしかすると、この事件で最も消えなかったものは、

5万人の軍隊ではなく、

「答えを知りたい」という人間の好奇心だったのかもしれません。

おまけの4コマ

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佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
文章を書くことを楽しむ自称・小説家です。
歴史や文化、日々の暮らしに潜む雑学を題材に、無駄雑学などの小噺を発信しています。
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