幸福行きのバス【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
「ごめん、現金でお願い」
その瞬間、ミキの脳内はパニックモードに突入した。
現金?
今の時代に?
冗談じゃないよね。
目の前の観光客は、のほほんと紙幣を差し出している。
「し、少々お待ちください!」
慌ててレジを開けるが、当然のことながら、現金なんてない。
キャッシュレス社会に浸りきっていたミキにとって、それはまるで異世界の通貨を見たような気分だ。
焦りに焦って店を飛び出し、まずは隣のパン屋へ。
「現金?え、何それ、博物館行きじゃないの?」
次はコンビニ。
「現金とか使ってるの、もはや化石級でしょ」とあっさり断られる。
もう手は銀行しかない。
ミキは必死の思いで銀行に飛び込んだ。
「すみません、現金が必要なんです!」
銀行員は落ち着いた笑みを浮かべて、「もちろん現金はあります。ただし…確認手続きがちょっと面倒でして。電子マネーでお願いできませんか?」
「いや、それが…現金で払いたいってお客様が…」
「ええ…まぁ、それはお疲れ様です。少しお待ちくださいね」
待ち時間がどんどん伸びる中、ミキは時間との戦いに疲れ果てていた。
やっとのことで銀行から現金を受け取ったものの、カフェに戻ると観光客はもういない。
テーブルには小さなメモが一枚。
「ありがとう、現金探しお疲れ様!」
ミキは呆然とし、肩を落とした。
ふと、そのメモの下に、観光客が置いていった現金が目に入る。
そして、ぽつり。
「いや、せっかくなら電子マネーにしてよ…お釣り、もう探したくないんだから」