無料の美学【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
「ヒロシさん、お願い!これ、運んでくれない?」
まただよ…。
俺の名前はヒロシ、職場で「いい人」って呼ばれてる。
頼みごとを断らないことで有名だ。
でも心の中では毎回こう思ってる。
「いや、俺も人間だぞ!断りたいって気持ちがないわけじゃないんだから!」ってな。
だけど結局、笑顔で引き受けてしまう。
「うん、後悔するのは分かってる…」
その日の帰り、玄関に足を踏み入れた俺の目に飛び込んできたのは…謎の段ボールタワー。
まさかの五段積み。
おまけに、そこにはこう書かれたメモが。
「引っ越し、助かったよ!ありがとう!」
……え、俺引っ越しなんて手伝ったっけ?
頭をフル回転させるが、そんな記憶は皆無だ。
「いや、待てよ…。これは新手の詐欺か?」
一瞬そんなことを考えたが、そんなわけないよな…。
疲れ果てた俺は、フラフラしながら思った。
「これ、損してるだけじゃねぇか?」
翌日、またもや職場で「ありがとう!」の嵐。
評価は上がる一方。
でも、腰がもうガタガタだ。
頭の中で一つの結論が出た。
「確かに得してるかもな、みんなが。俺は損しかしてねぇけど…」
その時、ミキが「ヒロシさん、次は私のペットのワニを散歩に連れて行ってくれる?」と無邪気な笑顔で言ってきた。
ワニ!?俺の心は完全に折れたが、口から出た言葉はこうだ。
「……し、しっかりリード付けろよ…」