進化するウイルス【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
ナカムラは、自分を無欲の聖人だと信じていた。
毎朝、誰よりも早く出勤し、同僚の仕事を進んで引き受け、家庭でも家族のために全てを捧げていた。
彼は、他人に尽くすことで自分の存在価値を確認していた。
そんなある日、上司のヤマダがナカムラを呼び出した。
「ナカムラ君、君の無欲さには感心するよ。だからこそ、特別な任務をお願いしたい。会社全体の清掃と、全社員の雑務を君に一手に引き受けてもらえないか?」
ナカムラは笑顔で了承し、すぐに仕事に取りかかった。
彼は黙々と働き続けたが、やがてナカムラの姿は忽然と消えた。
ナカムラが消えた途端、会社は驚くほど効率的になり、社員たちは各々の仕事に集中するようになった。
オフィスは整然とし、ナカムラの存在はまるで最初からなかったかのように消え去った。
ある日、ヤマダが社内を歩いていると、一枚のメモがデスクの隅に置かれているのを見つけた。
それはナカムラが残した最後の言葉だった。
『全て片付きました。これで皆さんが働きやすくなれば幸いです。ナカムラ』
ヤマダはそのメモを手に取り、ふっと笑って呟いた。
「ナカムラ君、最後まで徹底してたね。君のおかげで、みんなが仕事に集中できるようになったよ」
ヤマダはそのメモを折りたたみ、そっと引き出しにしまい込んだ。
そして何事もなかったかのように、自分の仕事に戻った。