架空の社長とリアルな借金【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
キムラはいつも通り、デスクに山積みの書類と格闘していた。
上司からの無理難題、同僚との競争、果てしない残業。
心も体も限界に近づいていた。
そんなある日、社内メールがピコンと音を立てて届いた。
「新しい増強装置が導入されます」という文字が躍る。
説明会に参加したキムラは、その驚くべき機能に目を見張った。
どんな人でも能力を飛躍的に向上させるというのだ。
「これなら、俺も…」
キムラは早速、増強装置を腕に巻いてみた。
スイッチを押すと、頭が冴え渡り、体力も倍増する感覚が襲ってきた。
上司からの無理難題も瞬く間に片付き、同僚たちからも「おぉ、キムラすげぇ!」と一目置かれるようになった。
しかし、増強装置の効果は長く続かなかった。
数時間後には急激な疲労感が襲い、元の状態に戻ってしまう。
それでもキムラはその効果に魅了され、装置を手放すことができなかった。
昼夜問わず、休むことなく装置を使い続ける日々が続いた。
数週間が過ぎ、キムラの姿は見る影もなくなった。
やつれた顔に疲れ切った身体。
しかし、それでも彼は装置を手放さなかった。
増強装置を使えば、また前のようにできる。そう信じたのだ。
ある日、キムラはついに倒れた。
増強装置が彼の体力と精神を限界まで引き出し、そして破壊したのだ。
誰よりも早く昇進したキムラは、誰よりも早く消耗していったのだった。
後日、会社は再び「新しい増強装置が導入されます」と通知を出した。
社員たちは前例を知りつつも、その魅力に抗えず新たな犠牲者を出し続けるのだった。