メンタルヘルス相談窓口【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
カトウは裕福なビジネスマンで、何事にも規則を守ることを誇りにしていた。
毎朝、ピカピカに磨かれた靴を履き、完璧にアイロンがけされたスーツを着て出勤するのが彼の日課だ。
しかし、心の奥には抑えきれない自由への憧れがあった。
ある日、カトウは道端で見かけた路上生活者に心を揺さぶられた。
彼らは規則もなく、自由気ままに生きているように見えた。
「規則を守ることが本当に正しいのか?」
カトウは自問し、思い切って実験をすることにした。
自らも規則を破り、路上生活者のように自由な生活を体験してみようと決意したのだ。
まず、カトウは髭を伸ばし、汚れた服を手に入れ、身なりを整えた。
そして、彼は街角に立ち、初めての自由を味わっていた。
「これが本当の自由だ」と心の中で叫んだ。
しかし、その自由な時間は長くは続かなかった。
通りすがりの警官に声をかけられたのだ。
「君、こんなところで何をしているんだ?」
カトウは微笑みながら答えた。
「ただ、自由を感じているだけです」
警官は肩をすくめながら手錠を取り出し「自由もいいが、ここでは規則があるんだよ」と言った。
カトウは規則を破った罰として罰金を払う羽目になった。
裕福な人は規則を守るか?
カトウの答えは明白だった。
裕福であるからこそ、規則を破る自由も試せるという現実。
しかし、その代償は高かった。
彼は元の生活に戻る決心をした。
自由とは一時の幻想に過ぎず、彼にとっては規則の中での平穏が最も大切だと悟ったのだ。
カトウは元の生活に戻り、再び規則正しい日々を送るようになったが、心のどこかであの日の自由な瞬間を忘れることはなかった。
それは、彼の人生における唯一の冒険だったのかもしれない。
時折、自由を夢見るその瞬間が、彼の心に小さな火を灯し続けていた。