ショートショート
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音を失った日常【ショートショート】

佐藤直哉(Naoya sato-)
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普通の生活、それは天才にとって最大の罰だった

天才的な才能を持つピアニスト、ワタナベは、一度ピアノを弾き始めると時間を忘れて演奏に没頭してしまう。

彼の演奏はまるで魔法のようで、聴く者すべてを魅了したが、その才能は彼から普通の生活を奪った。

「ワタナベさん、また演奏会ですか?」と隣人が尋ねる。

「はい、今日も演奏会です」と答えながら、内心ではため息をついていた。

ワタナベは一日中ピアノに向かい、家族との食事も友人との付き合いもすっかり忘れていた。

ピアノが彼の全てを支配していた。

「普通の暮らしがしたいなぁ」と心の中で呟くも、その思いは演奏の音にかき消された。

ある日、彼はついにピアノから離れることを決意した。

「普通の生活を送るんだ」と固く誓った。

家族と一緒に過ごす時間を増やし、友人と夕食を楽しむ日々が始まった。

公園で子供と遊び、妻と一緒に料理をするひとときは、彼にとって新鮮で心地よいものだった。

「これが普通の生活か…悪くないな」と心から微笑んだワタナベ。

しかし、ふとした拍子にピアノに向かい、鍵盤に指を置いたとき、その指はもう以前のように動かなかった。

彼の天才的な才能は、普通の生活を選んだ代償として消えてしまったのだ。

「まあ、これも運命かもしれないな」と静かに受け入れたが、心の中には燻るものがあった。

その夜、彼は一枚の紙にこう書いた。

「才能を失ったが、普通の暮らしを手に入れた。これが幸せだと思いたい」

翌朝、家族がその紙を見つけたとき、ワタナベはピアノの前で微笑んで座っていたが、その指はもう一度も鍵盤を叩くことはなかった。

ワタナベが普通の生活を手に入れたことは、家族にとっても喜ばしいことだった。

しかし、リビングに飾られたワタナベの写真。

その微笑みの奥には、失われた音楽への深い悲しみが隠されていたのだろうか。

普通の生活を手に入れた彼は、最後まで「本当の幸せ」を求め続けたのかもしれない。

だが、本当に普通の生活が彼の望んだものだったのか、それを知るのはピアノだけだった。

ABOUT ME
佐藤直哉(Naoya sato-)
佐藤直哉(Naoya sato-)
ブロガー/小説家
普段は小説家たまにブロガー
物語を生み出す事に楽しみを見出して様々な作品を作り出しています。
特にショートショートのような短い小説を作ることに情熱を注いでいます。
楽しんで頂ければ嬉しく思います。
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