いい人、やめられません【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
中村という男がいた。
名門大学を出て、一流企業に就職。
周りからは「成功者」と呼ばれ、自分でも「俺はエリートだ」と胸を張っていた。
中村にとってエリートコースとは、安定と尊敬を約束された道だった。
親や教師からも「この道を進めば間違いない」と教えられ、その言葉を信じて疑わなかった。
ある日、昔の友人、山田と街角で再会する。
山田は大学を辞めてカフェを開き、意外にも繁盛しているらしい。
「あの時の落ちこぼれが?」と、中村は内心驚いたが、表情には出さなかった。
数ヶ月後、運命は非情に訪れた。
中村は突然のリストラに遭い、再就職もうまくいかず、生活は一変した。
エリートコースとは、常に安泰であるはずだったのに。
日々の不安と絶望が彼を蝕んでいく。
一方で、山田のカフェは日に日に繁盛していた。
ある夜、中村は疲れ果てた顔で山田のカフェに足を運んだ。
店内は温かい光に包まれ、心地よいコーヒーの香りが漂っていた。
木製の家具と観葉植物が心を和ませる。
山田はにっこり笑って迎え入れ「エリートコースなんて、幻想だったのかもな」と優しく語った。
その言葉に、中村はほっとしながらも、複雑な気持ちで苦笑いを浮かべた。
「成功するにはエリートコースを目指すべき?」その問いに対する答えは、中村の心の中で揺らいでいた。
エリートコースが必ずしも幸せを約束するわけではないことを、彼はようやく悟ったのだった。
だが、気づくのが少し遅すぎた。
中村は財布の中身を見て、乾いた笑いを漏らした。
「これじゃあ、履歴書も買えないよ」と。