翻訳の果て【ショートショート】
佐藤直哉(Naoya sato-)
コヨーテの小噺
ある夜、月が忽然と姿を消した。
空には星々だけが静かに瞬いていた。
政府は緊急会議を開き、最も優秀な科学者たちが招集された。
その中には、若手天文学者の坂本博士もいた。
「月の消失は物理的にありえません」と、坂本博士は断言した。
「これは何か重大な錯覚か、もしくは未知の現象です」
日が経つごとに、世界中が不安に包まれていった。
農業、潮の満ち引き、生態系――すべてが影響を受けた。
人々の生活は混乱の極みに達していた。
坂本博士は日夜、望遠鏡とデータ解析に没頭した。
ある夜、彼は望遠鏡を覗きながらふと気付いた。
「月が消えたのではなく、別の場所に移動したのかもしれません」
彼は、地球と月の間に新たな重力の力が働いていることを突き止めた。
そしてついに、博士はその答えに辿り着いた。
月は、異次元の存在によって捕らえられたのだ。
彼はその理論を発表し、大いなる議論を巻き起こした。
数年後、ある少年が夜空を見上げて言った。
「月が戻ってくるといいな」
その言葉に、坂本博士は微笑んだ。
「希望を持つことが大切です」と彼は言った。
その瞬間、夜空が突然赤く染まり、巨大な影が空を覆った。
「月が…戻ってきた?」
博士は驚きの声を上げた。
しかし、それは月ではなく、異次元の存在が地球に降り立ったのだった。
「私たちは新たな時代の訪れを告げに来た」
その言葉と共に、巨大な裂け目が空に現れ、人々の記憶から月の存在が完全に消えた。
月はただの衛星ではなく、異次元への扉だったのだ。
そして、その存在が告げた。
「人類は我々の次元で新たな役割を果たすだろう」
その瞬間、地球上の人々は次々と異次元に引き込まれた。
地球は静寂に包まれ、新たな歴史が刻まれることは永遠になくなった。
人類は新たな存在となり、かつての記憶は失われたのだ。