西部劇の男たちは本当に臭かったのか?砂埃の時代、「風呂」は贅沢だった?

佐藤直哉(Naoya sato-)
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はじめに

カウボーイたちは何カ月も風呂に入らなかった――。
そんなイメージ、あなたも一度は持ったことがありませんか?

カウボーイたちは何カ月も風呂に入らなかった――。
そんなイメージ、あなたも一度は持ったことがありませんか?

西部劇に出てくる男たちは、いつも砂埃まみれです。

何日も馬で荒野を走り、酒場でウイスキーを飲み、汗だくのまま決闘する。
見ているぶんには格好いいのですが、ふと気になってしまいます。

「……この人たち、いつ体を洗っていたんだろう」

いまの僕たちは、毎日お風呂へ入るのが当たり前です。
シャワーを浴びて、湯船に浸かって、ようやく一日が終わった気がする。

でも西部開拓時代、お風呂はそんな気軽なものではありませんでした。

水を運ぶ。
薪を割る。
火を起こす。
お湯を沸かす。

体を洗う前に、まず重労働が待っていたのです。

だから当時の人々にとって風呂は、「毎日入るもの」というより、時間も手間もかかる贅沢でした。

けれど面白いことに、西部には「何カ月も風呂に入らない荒くれ者」だけではなく、ちゃんとお金を払って湯に浸かる人たちもいたのです。

※本記事は筆者個人の感想をもとにエンターテインメント目的で制作されています。

西部開拓時代の風呂は「4種類」あった

西部開拓時代の人々は、ただ汚れたまま生きていたわけではありません。
環境やお金によって、体を洗う方法は主に4つありました。

① 川・湖・泉で水浴びする

もっとも手軽で、無料です。
旅の途中で川へ飛び込み、汗や砂を流していました。
でも、実は泳ぐどころか、「水の冷たさで飛び上がる」ことの方が多かったそうです。

② たらいや洗面器で体を拭く

毎日の基本はこれでした。
限られた水で、顔・首・手・足などを部分的に洗っていました。
現代人なら「たらい1杯で十分?」と思うところですが、当時は水を節約するため、体の半分しか洗えない日も珍しくなかったのです。

③ 理髪店やホテルの風呂を利用する

町に行けば、有料の風呂サービスがありました。
理髪店には「HOT AND COLD BATHS」の看板まで出ています。
ちなみに、荒くれ者たちが訪れるとき、髭剃りより先に風呂に行くこともあったとか……。

④ 温泉リゾートへ行く

19世紀後半には、温泉リゾートも登場します。
蒸気浴や個室風呂があり、観光地として人気を集めました。
しかもここ、荒野のど真ん中にあるので、「なぜこんな場所に?」と誰もが首をかしげたそうです。

つまり西部開拓時代は、「風呂がない時代」ではなく、
「風呂に入る方法が場所によって全く違った時代」だった
のです。

予想外でしょうか?
砂埃の荒野にも、意外と文明は根付いていたのです。

川や湖は、いちばん身近なお風呂だった

もっとも手軽な入浴方法は、自然の水を使うことでした。

旅人の日記には、

  • 「川で入浴した」
  • 「湖で体を洗った」

という記録があります。

想像してみてください。
何日も乾いた風にさらされ、砂埃をかぶり続けたあと、ようやく川へ到達する。
そして思い切って水に入る。

気持ちよさそうですよね。

でも優雅さはありません。
西部の川はとにかく冷たく、まるで氷水に飛び込むような感覚だったといいます。

さらに天然なので、泥や虫、時には家畜の痕跡も……。
「風呂で癒される」というより「生き残るための水浴び」だったのです。

意外かもしれませんが、この川入浴、時には泳ぐより先に「水温で叫ぶ」がセットだったそうです。

毎日の基本は「たらいで体を拭く」

全身浴は贅沢。日常は部分洗いが基本でした。

当時の定番スタイル

✔ 顔を洗う
✔ 手を洗う
✔ 首を拭く
✔ 足を洗う

水は貴重で、浴槽に使う余裕はなかったのです。

現代のシャワーと違い、当時は水を運ぶこと自体が仕事でした。

  1. 水を汲む
  2. 水を運ぶ
  3. 薪を割る
  4. 火を起こす
  5. お湯を沸かす
  6. 浴槽へ入れる

この工程をこなして初めて入浴できたのです。
想像以上に面倒ですよね。

でも、意外なことに「たらいで顔だけ洗って満足する日」もあったのです。
現代人が驚くほどの“割り切り”です。

理髪店に「風呂サービス」があった

町へ出ると、事情はさらに面白くなります。

なんと、理髪店には風呂サービスがありました。
1881年の新聞広告には、

HOT AND COLD BATHS

と書かれています。

つまり床屋に行くと、髭を剃るついでに風呂にも入れるのです。

理髪店は水を扱う仕事と相性が良く、文明の象徴としても重要でした。
荒野から町に戻った男たちは、

  • 髭を剃る
  • 服を替える
  • 体を洗う

この順番で“文明世界”に復帰したと考えられます。

そして意外なことに、荒くれ者たちは風呂を優先することもあったそうです。

荒野の中にも、驚くほど快適な風呂があった

西部=不衛生。
そんなイメージは半分正解、半分誤解です。

1880年代の旅行記には、荒野の店の裏に、次のような設備があったと書かれています。

  • 亜鉛製の浴槽
  • 温水・冷水
  • 清潔なタオル

旅行者はその快適さに驚いたそうです。

つまり、荒野のど真ん中でも「文明の風呂」が存在していたのです。
砂埃まみれのカウボーイでも、こうした“高級風呂”に偶然出会うことがあったのです。

西部には温泉ブームまであった

さらに意外なのが、温泉リゾートです。
19世紀後半、西部の温泉地は大人気でした。

当時の温泉施設

  • 個室浴槽
  • 蒸気浴
  • シャワー
  • 大浴場

鉄道会社まで宣伝していたので、旅行者は荒野を抜けて温泉へ向かうこともありました。

驚くことに、ここでは荒野で汗をかいたカウボーイも、社交のためにおしゃれして湯に入ったそうです。
文明と野生が奇妙に交錯する瞬間ですね。

西部の男たちは、本当に臭かったのか?

結論としては――たぶん臭かったでしょう。

でも、

「全員が何カ月も風呂に入らなかった」

というのは、かなりの誇張です。

町へ行けば、

  • 浴場
  • ホテルの風呂
  • 理髪店の風呂
  • 温泉施設

がありました。

つまり、西部開拓時代は

「風呂がない時代」ではなく
「風呂が贅沢だった時代」

だったのです。

そして意外なことに、贅沢であるぶん、体を洗った瞬間の喜びは現代以上だったかもしれません。

最後に

湯気の向こうにあった、“普通の暮らし”

西部劇というと、どうしても銃声や決闘の印象が強く残ります。

でも実際にそこへ生きていた人たちは、僕たちとそれほど変わりませんでした。

汗を流したい。
汚れを落としたい。
冷えた体を温めたい。

荒野を旅したカウボーイも、長旅を続けた移民たちも、町へ戻れば湯を求めました。

理髪店の風呂へ入り、ホテルの浴槽に沈み、温泉で疲れを癒やす。
そう考えると、西部劇の景色も少し違って見えてきます。

砂埃の町にも、静かに湯気が立ちのぼる場所があった。
そして150年前の誰かも、熱い湯に肩まで浸かりながら、小さく息をついていたのかもしれません。

「……やっと落ち着いた」って。

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佐藤直哉(Naoya sato-)
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